第6話 一応怒っていました

 やばい‼やばい‼やばい‼

 緊張感で冷や汗が出る。

 完全に対応を間違えた。

 ギルマスは、頭から浴びせられる目に見えぬプレッシャー……

 少年の覇気に圧し潰されそうだ。

 魔王種のオーガを討伐した子供がいると通信すると、『今すぐ王宮に連れてこい』と返ってきた。

 軍隊でも手を焼くかもしれない、超A級の魔物を倒す逸材、しかも子供だ。

 どこかの貴族の養子にでもして抱え込みたいのだろう。

 わかっていた。

 相手が尋常ならざる存在とわかっていたはずなのに‼

 可愛らしい外見に侮ってしまった。

 子供を調子に乗らせ、騙すだけの話だと。

 大体ギルマスは、イオを名前で呼べない。簡単に意のままに出来るつもりだったから、全く覚えていないのだ。

 取り返しのつかない大失態だった。

 

 もうこうなった以上、憐憫を誘うしかないと思う。

 「あなた様を連れて行かないと、私の首が飛びます。」

 土下座で頭を下げたその頬を、少年から放たれた何かが切り付けていく。

 赤くて鋭い、炎の矢だ。

 スパっと肉を切った上、焼いていくから出血もない。ただすぐに引き攣れて、必ず跡が残るはずだ。

 初めて見る魔法だが、中級魔法以上だろう。

 完全なる無詠唱だ。

 無詠唱で魔法を使える人間なんて、ギルマスは聞いたことがない。

 先ほど、本人のものだろう銀髪を燃やした時も無詠唱で驚かされたが、ランクが上の魔法でも詠唱する気配もない。

 完全なる化け物だった。

 ああ、なんで俺は、こんな仕事を引き受けた?

 「オレはこの国が嫌いなんだ。なんで嫌いな国の、知りもしない、こちらの名前も呼べもしない、腐れギルドのギルマスの首が飛ぶのを気にすると思う?」

 ニヤッと笑った顔に、嗜虐的な色が浮かぶ。

 ああ、このガキ、気付いている。

 俺は名前を憶えていないと、わかった上で煽っている。

 こいつ、絶対に6歳じゃない。

 中身はすれっからしの青年以降だ。

 どうすれば……いい……

 「せめて、嫌いな理由をお聞かせ願えますでしょうか?」

 

 「この国のくそ司祭に、5歳の時『悪魔の子』だと決めつけられた。邪悪な魔力を持つ忌むべき存在だと、ね。

 『捨ててしまえ』と言われた親に、奴隷商に売られた。尻を掘られかけて、魔力暴走を起こし逃げ延びた。1年間、町に入らず荒れ地で暮らした。

 これで好きになると思うか?」

 説明に思い当たる。

 1年前、隣町で起きた『商会爆破事件』だ。

 あの商会、評判は良くなかったが、まさか奴隷売買にも手を染めていたのか?

 あまりの惨状に、火薬などが使われたテロ事件として扱われたが……

 彼の魔力暴走が引き起こしたのか?

 そんな特上の魔力量の子を、司祭が追放した?

 馬鹿なのか、そいつは‼

 「オレは全属性だ」と少年が言う。

 無詠唱で右手に炎、左手に水を生み出し、混ぜるしぐさの後水蒸気に。

 それが風魔法で飛んできて、

 「あちち‼」

 サウナで蒸気を浴びた感じだ。

 ギルマスは床をのたうち回った。

 「オレはこの国が嫌いだ。オーガはくれてやる。他国にわたる。」

 言うだけ言って出ていこうとする少年に、まだ名前を呼ぶことは出来ない(だって知らないのだ‼️)、出来るのはこれしかないと、ギルマスは縋り付こうとする。

 瞬間、子供にされたとは到底思えない力で蹴り飛ばされ、ギルドの壁にたたきつけられた。

 「ぐうっ‼」

 あばらが何本か逝ってしまった。

 A級冒険者だった昔、パーティ戦でかろうじて勝利した、マーダーベアーの攻撃並みだ。

 「チャンスはやる。悪い奴らを処罰しろ。オレを呼びたきゃ迎えに来い。それなりの礼を尽くせ。1週間だ。」

 王都から迎えに来るのなら、通常10日間はかかるはずだ。

 それが1週間とは?

 しかし、文字通りの最後のチャンスだ。

 「1週間後に顔を出す。ダメなら他国にわたる。」

 少年はギルドを後にする。


 万が一の幸運を願い、ギルドは捜索隊を組織したが……

 少年は町にも、町周辺の荒れ地にも見当たらなかった。

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