第106話 アベル王子の生誕祭〔1〕アベルとカイン

 6年目は下半期からはアリ商会の猛撃に驚かされることばかりだったが、それでもドジャース商会は盤石である。


 7年目、4月の1日。この日にアベル王子の生誕祭があった。

 実は誕生日はもう少し後なのだが、諸々の事情にかんがみて、この日に設定をした。


 アベル王子の生誕祭はじゃじゃ馬カトリーナの時よりも豪華なものであった。

 前回と同じように菓子を配布するとか、花火を打ち鳴らすということはなかったが、招待客のメンツがいっそうグレードアップしたと言える。


 前回よりも各国の王室からの参加が多かった。これはおそらく、アベル王子が次期王としてふさわしいという評判とも関係があるのだと思う。広報活動はほとんど必要なかったのはこういう事情もあった。

 第一王子の生誕祭の出席リストをアベル王子が持っていたのだが、それと比較してみても明らかに国の要人が多かった。第一王子の時はバラード王国内の貴族しか集めていなかったから、当然といえば当然である。


 そして、国内の貴族も、カーサイド公爵家は参加したが、あのバーミヤン公爵家も当主ゲス・バーミヤンと娘のローラが出席した。アベル王子の生誕祭を強気に欠席するほどの余裕があるわけではないのが丸わかりである。もちろん、アレンは呼んでいないし、まともに働いてもいないという話である。


「バーミヤン公爵家も呼びましょう」


「いいのですか?」


「はい、問題ありません」


 アベル王子と話した時にはこういう感じだった。

 ただ、アレンについてはどっちでもいいという態度だったが一瞬嫌な表情を浮かべたし、私も見たくなかったので私の判断で呼ばなかった。


 また、マリア王妃は前々から周知しているとおり、衣類や装飾品に工夫を凝らしてゆったりとしたシルエットになるようなファッションである。

 これはアリ商会に依頼をして特別に服を作ってもらっている。アリーシャも同じだった。この方面に強いアリ商会に任せた方がいいだろう。

 日本ではインフルエンサーという特殊な人々がいたが、王族はこの世界でのインフルエンサーであることは間違いない。


 他にもマース侯爵家も来たし、一番私が見たかったあのフルール子爵家も参加している。

 フルール公爵家は夫妻とヒロイン、そして弟の4名を招待した。


 ただ、フルール子爵家以外に、もう一人気になる出席者がいた。

 実はこの出席者の方がヒロインより気になっているというのが正直なところである。

 それはカラルド国の第二王子、カイン・ファンドリスである。彼の髪の色はクラウド王子と同じく銀色であり、白銀とも言えるかもしれない。


 この子はアリーシャと同い年であり、しかもあのバラード学園の騎士コースに留学をしに来た子だった。

 バラード王国とカラルド国との友好の証のようなもので、カトリーナ王女とクラウド王子との結婚式の合間に国王が会談することがあって、その時の話題としてこのカイン王子の留学が方向付けられ、その後正式に決定をした。


 一年前、それは私が宰相になる前だったが、その頃にカラルド国で二人の結婚式に私は呼ばれて行った。学園の卒業後すぐに挙行されたので本人はバタバタ状態だったろう。

 そこでカラルド国の国王や王妃とも話したのだが、二人ともクラウド王子と同様に気前の良い人で『人を動かす珠玉の言葉たち』の最新刊の感想も貰えることになった。もしかすると、王は私がカメラ・メメントだと知っているのかもしれない。もし「サインしましょうか」とでも言ってしまったら「是非に」とでも言われそうだ。


 それはともかくとして、めかけや第一夫人、第二夫人というのが今のカラルド国には縁がないようである。カラルド国の王室はだいたい一夫一婦制に移行しつつあるようにも見える。


 それでクラウド王子とカイン王子は母親が同じ兄弟だというのに、このカインという子だけはちょっとだけ、いやかなり異色で浮いていた。

 兄のクラウド王子が陽気だとすると、弟のカイン王子は陰気というか、警戒心が強い、そう思った。

 笑顔もなく、表情にこわばりがある。


「カイン・ファンドリスだ」


 私に対しては特に無駄な言葉をつけず、本当に自己紹介という感じだった。


 人見知りということも考えられたが、どことなく私やバラード王国の人間を嫌っている、敵視しているような印象を受けた。かと思えば、どこか精神的に余裕や優位であるかのような表情も見せる。ニヒルな感じというのだろうか。

 これは他の人間も感じていたようで、妙なことだと思った。


 もしかすると、このカイン王子は二人の結婚に反対だったのかもしれない。

 そうだとしても外交の場も兼ねている場でそれはまずいだろうと思ったが、私から言うものでもないし、カラルド王室には王室独自の問題があるだろう。詳しいいきさつは訊けなかったが、一度生活する場所を移すのがよい、そういう判断からバラード王国への留学が決まったように見える。


 そのカイン王子がアベル王子の生誕祭に参加することになった。


 アベル王子のもとに挨拶に行ったカインの目は厳しい。

 それを見るアベル王子もその瞳の色が何を意味するのかがわからない。が、カイン王子の心を映すかのようにアベル王子の目も一瞬だけ攻撃的なものに変わったようにも見えた。


 アベルとカインという名前の組み合わせだけで私にはとても恐ろしいものを予感させるのだが、これはこの世界の他の人間にはわかるまい。

 わかるとすれば、その可能性があるのはヒロインくらいだろう。

 つまり、旧約聖書で語られるアベルとカインの兄弟の話は、弟のカインが兄アベルを殺す。人類初の殺人だとも言われることがある、あの話である。


 敵意のある目、カインという名、これだけでも十分に怪しいように思う。

 だが、問題はもう一つある。

 もしかすると、このカイン王子は闇の精霊と契約をしているのではないかということである。かなりの確信がある。

 

 バラード学園ではカイン王子は騎士コースの予定である。

 魔法は使えないという話になっている。

 しかし、魔法が使えるかどうかを判定するものはなく、基本的には自己申告と、初歩の訓練を経て、魔法を発動させることができれば精霊と契約しているとみなされる。

 魔法の素のある人間の人体内部の構造は未詳だし、感知する道具なども開発できていない。精霊と契約をしているかどうかはわからないのである。

 だから、魔法が使えるのに実は隠しているというケースは十分ありうる。


 なお、騎士の家系のマース侯爵家のベルハルトは火の精霊と契約しており、騎士コースに行きながら魔法使いコースの実習を受けることになっている。これで魔法騎士の完成である。


 川上さんが言っていた裏シナリオの貴公子はクラウド王子ではなく、このカイン王子のことだったのかと思われる。

 さすがにクラウド王子だとヒロインと接点がなさすぎて、しかももう婚約もしているのでありえないだろうと思っていたが、弟がそうだとは思わなかった。

 この世界、なかなか一筋縄にはいかないようである。


 カイン王子は確かに目つきは鋭いが、その風貌は他の貴公子たちとは異なる美の流れにあり、しかも一目見て魅了される、そういう容姿をしている。


 魅了? 

 もしや闇魔法というのはこういうのもあるのだろうか。いやいや、客観的に見ても顔かたちが怖いほど整っている。

 一匹狼というのか、アウトサイダーというのか、孤高に生きるというのか、一人だけで完結している世界を持っているようだ。


 黒目が上下のどちらかに寄って、左右と合わせて白目が3箇所見える眼のことを「さんぱくがん」と言うが、カイン王子がまさにその瞳である。

 私は信じていないが人相学としてはその瞳の持ち主の性格はあまり良いものだとされていない。ただ、見る者が見れば独特のかっこよさを感じることはあるだろうと思う。

 どこか昔のカーティスを思わせるが、あの時にはアリーシャもいたので救われていたところはあったろうが、このカイン王子にはそういう人間がいないのだろうか。



 さて、前回と異なるのは室内楽の生演奏があることだ。


 この国には楽隊があるのだが、これは珍しいことに王が楽隊に命じて派遣をしたものである。なんと親らしいことをするもんだ。


 この世界にはさすがに音楽はある。ゲームにもこういう室内楽というのがあるだろう。どうやら楽器もヴァイオリンやヴィオラなどが今日の会場には見えている弦楽器であるが、ここにはないがフルート、ホルン、ピアノなど、地球のものと同じようである。

 電化製品の中でもとりわけマイクやスピーカーの開発が捗ったのは、弦楽器や管楽器の音や波の性質や原理が、ある程度の水準にあったからである。



 それにしてもどこかで聴いたことのあるようなないような、だがこの場にはいかにもふさわしい音楽である。邪魔をせず主張しない、でもそれがあるとムードが出る。この世界独自の音楽なのか、ヒロイン経由で知れ渡った音楽なのかはわからない。

 この方面には私は疎いが、じゃじゃ馬カトリーナの時にも気づいていればBGMを用意できたのにと悔しい思いだ。第一王子の時にはなかったので、それを踏襲してしまったのが悪かった。

 もしかしたら気づいていないだけで、あの時も流れていたのかもしれない。あの時はそれに集中ができなかったのも事実である。

 だが、ゲス・バーミヤンがそういうことをするかというと怪しいのも事実である。それに演奏者もあのような場で弾きたくもなかっただろう。

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