第107話 アベル王子の生誕祭〔2〕シーサスの決意
今、この会場に集まっている貴公子たちは、予想も含めて次の5人である。
ベルハルト〔火〕、シーサス〔水〕、アベル王子〔風〕、カーティス〔?〕、カイン王子〔闇〕である。
大問題なのは身長である。
このうち、カーティスは今年21歳になるが、他の子はまだ14歳で今年15歳になる。
カーティスは176㎝だという。これはまだわかる。
しかし、みな身長がおそらく170㎝はある。
日本で考えると中学3年生ということになるが、中学3年生になりたてで170㎝を越える子はそんなに多いようには思えない。高校1年生だってそうかもしれない。おそらく高校1年生の男子の平均身長が170㎝くらいではないか。
だが、みな今の段階で170㎝はある。
目測だが背の高い順にはベルハルト、カイン王子、アベル王子、シーサスである。いっそのこと4人に並んでもらって前ならえでもしてほしいくらいだ。まあ、ちびっ子だった私はあの背の順に整列させられるのはみじめで嫌だったものだ。
おそらく、ベルハルトが175㎝、次のアベル王子とカイン王子の二人が172か3㎝、シーサスがぎりぎり170㎝くらいかと思われる。
思い出してみたら、カーティスがこの年齢だった頃、まさにアリーシャの婚約破棄が起きた時期だが、あの時点でも170㎝はあったように思う。
アリ商会の青年ノルンがおそらく土の精霊との契約者なのだろうと思うが、彼もあの時のサッカーの試合ではベルハルトよりは背が高かった。3ヶ月ぶりに見たベルハルトがあの時よりも数㎝伸びている。ノルンは175㎝前後と言ったところだろう。
それでは他の貴族の子弟たちがどうかというと、たしかに高い方だと思う。この貴公子たちと同じくらいの上背がある。
したがって、この世界では男子の平均身長が高い、あるいは成長期が前倒しされている、もしくはそのどちらもということになる。今までどうして気づかなかったのかと思う大発見である。これはまた医学研究チームと相談することが増えた。
中学3年生の頃の私は、160㎝に届いていなかったように記憶している。
今のバカラが180㎝なので、この子たちはまだまだ成長するということなのかもしれない。最終的にはみな175~190㎝の範囲の中で収まるのではないかと思う。
食生活の改善によって日本人の平均身長がグッと上がったというのは有名な話であるが、もしかしたらこの世界でも同じことがあるのかもしれない。
もう5年前から王都でも食生活が変わったはずであり、大人ならまだしも貴公子たちは9歳、10歳頃だから、今に至るまでに身体を作ってきた食物は異なっているわけで、身長にも寄与したのだと思う。だから、ゲームの世界よりも成長するのではないか、そういう予測は立つ。
これは貴公子たち、男性陣の話だが女性陣にも同じことがいえる。アリーシャも日本の入学したての高校1年生と言われても疑問には思わない。
この世界では特に貴族間ではたいていは学園卒業後、つまり17歳以上で結婚をすることが多い。ただ、領民の中では15歳で結婚することも見られる。
平安時代は平均寿命30歳とも言われるが、これは少し怪しくてどの社会層を切り取っているかが問題にもなるが、栄養失調や様々な病気により長生きがしづらい社会であったと言われている。
特に身体が出来上がっていない10代の女性が子どもを産むのは至難の業で、死産や母子ともに亡くなることがある。こういうケース、特に乳幼児の死亡例を統計に含めるとぐっと平均寿命が下がる。
この世界では少なくとも貴族たちは身体ができていない状態で妊娠することは基本的に避けられることが多いし、身体の発達や成長が地球よりも早いというのは良かったことだと思う。
ただ、貴族以外の場合はやはり出産する年齢が下がるので、今日の発見はアーノルドたちとも相談して、この世界では何歳から子どもを産むのが適切で安全なのか、このことは考えてもいいと思った。
さて、3年前と比べると、アベル王子、シーサスには見えていた可愛らしさが凜々しさに変わり、ベルハルトの軽さに色っぽさやなまめかしさが加わっている。
そして、それぞれが大人の顔になってきている。少年というよりはもう青年の世界に足を踏み入れている。おそらくあと数か月にはさらに逞しくなるのだろう。
もちろん、顔だけではなく体つきもそうなっている。ベルハルトなどは他の貴公子に比べるともはやインストラクターである。昔フィットネスクラブに通い始めた頃にはこういう兄ちゃんとマンツーマンで筋トレをしたものである。ベルハルトにはタンクトップが似合いそうである。
偏見かもしれないが、カイン王子は一年前よりも闇が濃い。
なお、キャリアの情報によれば、学園でカーティスがたまに見せる無防備な笑顔に女学生たちがとりこになっているという。男子もそういうところがあるらしい。
「カーティス様のあれは……凶器です」
女学生たちも狂喜なのだろう、カレン先生もカーティスの学園内の様子を教えてくれた。
他の貴公子たちも、何かのアイドルグループだと紹介されても私は疑わない。全員がセンターとかいうやつなのだろう。投票などしたら投票場は崩れ投票箱が壊れる。
もう一つ気になったことがある。
カーサイト公爵家のシーサスとアクア侯爵家のエリザベスはこの会場で並んで立っていた。
だが、マース侯爵家のベルハルトとバーミヤン公爵家のローラは二人が並ぶことはなかった。それどころか、ベルハルトは他の令嬢のところに行って、会場をクルクル回っているかのようである。それをじっとローラが見つめている。
もしかして今はもう婚約関係ではないのかと思ったが、どうやらそうではなくて、二人はまだ婚約者の関係である。
そんなことを考えていると、シーサスがエリザベスを連れて再度私のもとへと挨拶にやってきた。ザマスは私とは顔は合わせたくないようである。どうせ嫌みなことを言われるのだろうから、こちらから行くこともせず捨て置いた。
「今回も4年前と同じく、いえ、それ以上に賑やかになりましたね」
「そうであるならば、仕事をした甲斐があるものだ。そちらがアクア嬢だな。並んで見るとなかなか絵になるものだな」
いえいえとアクアは謙遜する。アリーシャが今一番に仲が良いのはおそらくこのエリザベス・アクアである。
「シーサス様には私など……」
「それは違う。簡単に自分を『私など』と卑下するものではない。シーサス殿にも失礼である、と老婆心ながら言っておきましょう。慎み深さも時には必要ですが、『シーサス、私についてこい』くらいの気概を持つことも大切なことですよ」
「あ、そう、そうでございますね。シーサス様、申し訳ございません」
こういう卑屈な子というのは、おそらく妻だったら一刀両断しそうである。
この二人は幼馴染みだというが、私の知るような幼馴染みという関係でもないのだろう。
シーサスは、しかし、次に挑発するような言葉を言ってきた。青く澄み切った瞳である。
「僭越ながら、ドジャース商会のポーション、いつか越えて見せますよ」
「ふっ、首を長くして待っておりましょう」
カーサイト公爵家の跡継ぎとしての言葉である。
ふふふ、どこまでやれるかやってみるがいい。
その若さと溢れる力と挑戦する気持ちと、絶対に負けたくないという思いは、ライバルながら実になってほしいと思う。
ここでシーサスが「ポーションが売れてさぞ儲かってるんでしょうね」なんてザマスみたいに皮肉を言ってきたら取り合わなかったが、こう真っ直ぐに言うというのは生半可なものではない。
私を公爵と知りつつ、宰相と知りつつ、礼を失すると知りながら噛みついてきたのだ。
この一歩は、重い。そして受け止めたいし、待つという楽しみがある。
シーサスは性格も穏やかだという話だったが、今ここにいるシーサスはそうではない顔をしている。ドジャース商会のポーションが彼に火をつけてしまったということだろう。
水の精霊と契約した者が熱いというのも、なかなか面白い展開じゃないか。
「……ふぅ、バカラ様には適いませんね。ははは、今は勝てる気が全く起きません。でも、いつか、いえ私が学園にいる内に、きっと」
「まあ、『後生畏るべし』と言いますからな」
「バカラ様は敬愛しております。そして師ではありませんが、『青は藍より出でて藍より青し』と申し上げます」
「ははっ、どのような青になるか、楽しみにしておきましょう、高座から」
このやりとりにはお互いがわくわくしていたのだが、それを見ていたアクアはおろおろとしている。もろもろ配慮にかけたやりとりであった。ニコニコと笑いながら冗談を言って、二人と別れた。
なるほど、シーサスのああいう目を娘や川上さんは見たのだろうな。
日本にいる時にどういうゲームだったのか、自分でもやってみてもよかったなと思う。
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