第88話 光の精霊と闇の精霊
「光の大精霊というのはどのような方なんでしょうか?」
モグラと白蛇がいつものようにやってきた時に、気になったので訊いたことがある。
「うんうん、彼女はね、気まぐれかも」
「そうね、なんていうんだろう……気まぐれ」
それはお前たち二人も同じだろうがと思ったが、言うのを抑えた。
光の大精霊というのは「彼女」らしい。
大精霊ではなく光の精霊の方については、たとえばアリーシャのように生まれてから数日経って契約するタイプではなくて、ある程度成長した時にふっと現れて通り魔のように契約をするようだ。
だから、大人でも突然に光の精霊と契約をすることがあり、それで光魔法が使える、ということである。本当に突然に、らしい。
このモグラや白蛇のように、土や水の精霊たちは食い物や飲み物の欲望に負けて人間と契約するケースもある。人間と出会って、興味を抱いて交渉するというケースだ。
モグ子やヘビ男はまだ契約しているわけではなく、それぞれの大精霊からの派遣みたいなものだが、「あの、私、別に契約、してもいいです」とか「ああん? そんな根性のあるやついるのかよ!」という感じなので、そろそろ考えてもいいかもしれない。
しかし、光の精霊の場合はそういうのではなく通り魔的気まぐれ、ということなのだろう。なんという危険なゲームだ。
闇の精霊の契約者もいないのは、まあ、気まぐれのような精霊事情なのだろう。
光の精霊については、いくつか残されている実際の証言によれば、ある日、光に包まれて、それから魔法が使える、不思議な力が湧き出る。
天啓とか啓示とか、そういうもののようだ。私がバカラになった時と同じように、頭の中に言葉や記憶、魔法の使い方のようなものが浮かぶのだという。
ただ、光の精霊との契約者は本当に少ない。これは闇の精霊との契約者も同じである。
だから、光の精霊との契約者は国や教会に目を付けられて「聖女」として扱われるわけである。
闇の精霊と契約したら「悪女」とか「邪女」とか、そんな言い方でもするんだろうか。
ちなみに闇の大精霊と風の大精霊と火の大精霊のことを訊くと、闇の大精霊については二人して「彼はねぇ、黒いからなあ……」と口を濁し、火の大精霊は「彼は熱いよ、うん」とモグラが言い、風の大精霊は「彼女は素早いかしら」と白蛇が言う。
どれもてんで参考にならない。
ただ、モグラは「彼女に呼ばれたら行かなくちゃいけない」と、光の大精霊については謎の言葉を残していた。「ふふふ、だって乙女の秘密よ~~」と白蛇が「乙」みたいな体勢のくせによくわからないことを言う。
闇の精霊についてもモグラが気になることを言った。
「彼らは奪うからね、うん。気をつけないと」
「奪うとはどういうことですか?」
モグラがなかなか物騒なことを言う。
「そうねぇ、心を奪うっていうのかしらねぇ」
「それは意識を操るということですか?」
「そうよ、あーお替わりお願い」
あーお替わりどころじゃないだろう。一番危ない魔法じゃないか。
この世界の魔法の性質から考えたら、本当に言葉通りに心を奪うんだろう。それがどういう形でどういう風にしてなのかはわからないが、そんな魔法、なんてタチが悪いんだ。
どうも闇魔法については調査しても使用者や魔法の情報がほとんどなかったが、心を奪うという情報は確かにあった。そんなに危険な魔法だったとは……。もしかしたらこういうのは秘匿されていることなのかもしれない。
「でも、君たちは大丈夫だよ、うん」
「大丈夫? なぜです?」
「僕たちと契約してるからね、うんうん。効かないよ」
闇の魔法は意識を奪うが、私やアリーシャ、カーティスは精霊と契約しているから、その魔法が効かない、ということのようである。ということは貴公子たちにも効かないということになる。
しかし、そうではない者はどうすればいいのか。
「うーん、大精霊の彼以外の精霊くんたちだと、そこまで強くないと思うけどね、うん」
「そうよ、精霊だったらやましいことがない限り、人間の心なんて奪われないわね。せいぜい頑張っても眠らせるくらいかなー、お替わりお願い」
ペースが早い! モグラを見習え。
「やましいことがあったら?」
「そうねぇ、身体を支配されたり、命令に従ったり、自分の恥部を見せたり、記憶を消しちゃったり、いろいろあるわねぇ。悪趣味よねぇ」
「大精霊だったら?」
「ヤバいよ、うん、激ヤバだよ。ただ、彼が姿を現すのはよほどのことだと思うけどね、うん」
「精霊だったら、特別な石があるわね、それがあると一時的に弾けるわよ」
モグラと白蛇が話した闇の大精霊と精霊の情報は以上である。
精霊との契約で闇魔法は弾ける。一般人も白蛇が言った石を身につけていればその場凌ぎ程度には弾ける、そういうことだ。その石はなんと迷いの森にあるらしい。
どうやら迷いの森の奥地というのはそういう特殊な素材の宝庫のようだ。
心の隙間があると闇の魔法が浸食してきて、隙がないと弾ける。
だとしたら、おそらく心を強く持つ……いやこれだと抽象的で曖昧だな。
何か強い信念を持つ、正義の心を持つ、自尊心や公共心を持つ、そういうところだろうか。悪の心を持つ、不正を働く、そういう人間にはかかりやすい、ということにもなるのか。
まあただ、何をもって悪とみなすか、これが問題となる。そもそもやましいことのない人間がそんなにいるとも思えない。
二人はそのあたりは曖昧とした説明だったが、みながみな闇魔法にかかるというわけではないから、普通に生活している場合はその危険性はない、と一応納得しておけばいいということなのだろう。ただ、突然眠ってその場に倒れたら危険である。
こうして闇の精霊との契約している者が現れた場合のことも考える必要が出てきたのだった。このゲームというのはなかなかハードなのだな。恋や青春とはほど遠い。
私の予想では闇の精霊と契約している貴公子はとんでもない人物なのだが、ヒロインがその貴公子と結ばれたらやはりとんでもないことがこの国で起きるんじゃないかと心配している。
一方で、契約というのが一種のお守りにもなるというのは新しい情報である。
もともとこの契約状態が身体のどういう状態変化なのかが不明だったが、少し考察を進めることができる。
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