第84話 王都内視察〔3〕
先ほどのアリ商会の店員の青年は非常に頭の回る子だなと思ったな。
あれほどの種類があったにもかかわらず、一つひとつの細かい材料の産地も頭に入れていた。香辛料も王都やその周辺の地域で採れるものばかりのようだ。
こちらの質問にも全て答えていた。おそらく他の店でも務まるんじゃないかな、ケビンと話している時くらいにどこか余裕があったように見える。
私とクリス以外に客がいなかったので、青年とは食材以外にもいろいろな情報を交換した。
「なんか珍しいものがあるか、お客様ご存じじゃありませんか?」
商魂たくましいのがこの世界の商人だ、という確信がある。子どもの頃からたたき込まれているんだろう。
アリーシャにも言えるが、好奇心を抱く姿は人を人らしく思わせる。
「珍しいか……。野菜か? 果物か? 日用品か?」
「そうですね……、まあレシピとかでもいいんですけどね。誰か魔法のレシピでも教えてくれないかと思ってるんですよ。って、商人がこんなんじゃ駄目ですよね」
青年は自嘲気味に笑っているが、他力を借りることにためらいがあるように見える。同じ商人のケビンとは少し異なるようである。
「いや、私はそうは思わない。それが良い商品なら乗っかればいい。客のためになるのであれば他人の力を借りることに後ろめたさは感じなくてもいい。まあ安易に売れる物ばかりを売ってると、どこかの商会のようになるぞ」
もちろん、これはバハラ商会への嫌みである。
「あっ、お客様、皮肉ですね。しかも『人を動かす珠玉の言葉たち』の4巻2章を引用して。『良い商品と売れる商品は違う』ですね!」
「ほう、君もあれを読んでるのか?」
国王以外にもこんな青年まで読んでいるとは思わなかった。
さすがに何節という言葉がなくてほっとした。だが、巻と章がわかるほど読み込んでいるのだろう。
「はい、なんというか、確かに『人を動かす』という看板に偽りなしです。あれは商売を考える際にも重要な視点を与えてくれますね。あの作者は商人じゃないかと思えるほどです」
「そうか。そうだな、同じ読者がいるというのはいいものだな」
日本のビジネス書に乗っている名言というのは、経済に関連したものも多いし、実際に商売に携わった人間の経営理念や哲学を述べたものもある。どこまで実態に即しているかは判断が難しいが、何のために商売をするのか、何に向かって経営をするのか、そんなことを振り返らせてくれる言葉には刺激を受けるものなのだろう。
こうして自分の本の感想が聞けるというのは嬉しくなるな。日本でも自分が関わった商品を手に取る客を見るとそういう気持ちになったものだ。
せっかくなら愛読してくれている読者にはサービスをしたいものだ。
せめてもの礼に、ドジャース商会にあまり関係ないものが何かないか必死に考えた。
「良い物か……、レシピ……。あ、あれがあるか! いや………危険だな」
「なんですかお客様。少々危険でも私たちは平気ですよ。強いですから」
目を輝かせている。どんな小さな情報をも見逃さずに聞き漏らさないという顔だ。存外、素顔は幼いのかもしれない。新入社員で入って来た部下が「なんですかそれは?」と逐一いろいろと訊いてきたことを思い出す。
「そうか? じゃあ話半分で訊いてくれたらでいいんだが、迷いの森に妖精がいるって話だな」
情報は確かだから嘘は言っていない。
出会うのも偶然のようなものだからあまり期待もできない。それに浅いところに出たらしいから危険というわけでもない。ポーション作りも落ち着いていることだしな。
「あの妖精の話ですか。珍しいですが、なるほど……。それならレシピを知ってそうですね。でも簡単に教えてくれないんじゃないですか? 出会ったっていう人も妖精のお眼鏡に適うものがないって話でしたし」
甘い物を持っていけばなんとかなるだろう、精霊みたいに。
それにしてもこの青年の情報はキャリアの情報並に詳しいな。アリ商会は情報も確かなのだろう。働きアリということか。
「妖精がいるのは危険な奥地じゃないようだ。美味いものでもあればいいんじゃないか」
「さようですか」
どこか納得できていない表情だ。青年も妖精の情報にはあまり心惹かれていないのかもしれない。
「まあ妖精も精霊も美味い物は好きって話だからな」
水の精霊は酒が好きだぞというのは黙っておこう。
「へえ、それは初めて聞きました。勉強になります。勉強なんてしませんけど」
「はっはっは、なかなか上手いこと言うじゃないか!」
気の利いた言い回しをする青年だ。とてもウィットに富んで素早いナイスな切り返しだ。
通常、「勉強する」という言葉には学ぶという意味があるが、商売の世界では「勉強する」という言葉は、安くする、サービスするという意味で使われる。
だから、今青年が言ったのは、「お客さんの話は勉強になりました、お安くはしませんけど」という冗談の意味になる。
加えてそれだけではなく、青年は自分が勉強が嫌いな風を装って、「自分はヤンチャだし不真面目だし勉強なんて嫌いだから勉強なんてものはしないぞ」という茶目っ気な自分を演じるという意味をおそらく含んでいる。
つまり、ここは通常の意味の「勉強はしません」であり、「なんて」という言葉がポイントだ。
しかし、実際には私の書いた本を、しかも何巻何章かまで言い当てるほどに読み込んでおり、「勉強なんてしないと言ったが実はしている」という先ほどまでの会話の内容をこちらに
そして、この一連の流れをこちらがわかると踏まえた上で「勉強になります。勉強なんてしませんけど」という言葉を発したわけである。
こういう切り返しだ。
短い会話の中で、こちらのレベルを適切に測ったということになるわけだ。
それが適切に測れなかったら、「この店員は一体何を言っているんだ?」と冗談が冗談に通じず、寒い結果となる。
なるほど、アリ商会というのが侮れないというのはケビンの言う通りかもしれないな。
言葉に含みを持たせるのは政治の世界でうんざりしているが、こういうやりとりというのもなかなかいいな。
こうして、今日の活動は終わった、かに見えた。
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