第82話 王都内視察〔1〕

 宰相になってから3ヶ月、今は6年目の7月である。不思議と不快な暑さは感じない。からっとした空気なのかもしれない。


「よし、それじゃあ行くぞ」


「わかりました」


 護衛のクリスを連れて王都の街並みをじっくり観察するために出かけることにした。


 護衛といえばいつもクリスとカミラなのだが、実はこの二人は結婚して、さらにカミラは身ごもった。

 クリスは今年で36、カミラも32になるということである。

 この世界に来て4年目の時、だから今から2年前に結婚して、そして数か月前にカミラの妊娠が判明した。

 その頃はちょうど王都にやってきていたこともあって、デスクワークの多かった私に対する護衛の必要のない時間が増えていった。その余裕ができた時にお互いの気持ちに気づいたのだろう、そう思っていた。


「そうか、進展が早かったんだな」


 2年前、二人が今度行われる結婚式について報告してきた時にいらっしゃーい、ふふふと茶化した。


「いえ、あの……もう付き合って3年になるんですけど」


「はぁ?」


 椅子からずっこけそうになった。丈夫な椅子で良かった。


「だからバカラ様は気づいていないって言ったじゃないか」


 賭けでもしていたのか、カミラがクリスに「今日奢りね」みたいなポーズをとっていた。


 私は全然そのことに気づかなかったが、私と同じような者もいるだろうと他の者に訊いた。



 「はい、存じ上げておりました」とアリーシャ。


 「ええ、知っていますよ」とカーティス。


 「報告するまでもないかと考えておりました」とキャリア。


 「カミラさんたちとはよく食事をご一緒しますので、はい」とカレン先生。


 「はっはっは、そりゃ、見てりゃわかりますよ」と料理長のオーラン。


 「お嬢様と二人でよくその話をしていました」と従者のメリー。


 さらにあの医師のアーノルドや土研究者のレイトも「もしかして気づいてなかったんですか?」と、二人の仲は知っていた。


 そしてもはや自分を殴りたいのだが、モグラと白蛇、モグ子とヘビ男までも「うんうん、良いコンビだよね」「やっとかあと思ったわねぇ」「応援、してました」「けっ、さっさと責任とりやがれってんだ!」と言っていたことには魔法で穴を掘って飛び込みたい気持ちだった。


 多少、人を見る目はあったと思ったが、私の瞳は曇っていたようだ。


 「お父さん、そういうの疎いよね」と娘が言ってきそうだ。「人は見たいものしか見ない、気づきたいものにしか気づかない」と妻の声も聞こえてきそうだ。


 まあ、最初はカーティスとじゃじゃ馬カトリーナも良い仲になるかなと思ったが、それは全くの勘違いだったからな。

 つくづく自分を情けないと思った。



 そういう事情からカミラは一時的に護衛の任を解き、邸でできることをさせ、キャリアの手伝いをしている。

 モグ子とヘビ男はクリスやカミラの前にも現れるので、カミラは二人の世話係のようなこともしてくれている。


「さすがに王都だな」


 ソーランド公爵領だって中心部はそれなりに賑わっていて、他の領地に比べても大きい方だが、やはり王都の人、物の移動量はすさまじいものがある。

 この物流だと、確かにバハラ商会以外にも多くの商会はありそうだ。実際に目に見ないとわからないものだ。


 バカラの昔の記憶があって、だいたいの場所、特に目印になるような場所は頭の中に入っているが、それ以上の詳しいところは曖昧である。

 クリスも学園の騎士コースに通っていたが、私と同じ程度くらいしか知らないのかもしれない。


 そういえば、カレン先生の恩師の話についてはクリスも知っていた。

 クリスの方がカレン先生よりも一歳ほど年上なので、カレン先生とは2年ほど重なっていた。カレン先生とカミラは重なっていない。

 ちなみに、私とクリスも1年ほど重なっていたが、お互い面識はなかったようだが、公爵家の子息が通っているという話を聞いていたそうだ。


「騎士科にも特待枠があって、そういうところに来る学生はけんかっ早くて座学が苦手でした。さっぱりして良い奴らだったんですけどね。そういう学生にも目をかけていたという話はありました。ですが、そんな酷い解雇や採用があったとは……」


「そうか……」


 カレン先生はクリスとカミラとも仲が良く、夜に一緒に酒を呑んでいるらしいのだが、おそらく同じ学園に通っていたという共通の話題からカレン先生が打ち明けたのだろう。

 たいていクリスが一番先に酔いつぶれて、カレン先生とカミラがその後もゆっくりと呑んでいるのだそうだ。


 3年前に私に話をしてから、カレン先生は積極的に人にその話をしているように見える。カーティスもそうだったが、他の人もいるんだろう。

 そういう風にして、やっとカレン先生は本当の意味で自身の過去と向き合うことができている、というのは少々僭越せんえつか。

 向き合うことと乗り越えることは違うが、少しずつ時計の針が動き始めたのかもしれない。そういう経緯があって、学園の講師にも前向きに応募したのだろう。


「お、ここは面白そうだな」


 そう言って見かけた店に入っていく。

 ドジャース商会には何度も出入りをしているが、他の店がどういうものを売っているかをじっくり見ている時間はなかった。せっかくいろんな商会があるんだ、だったら今の機会を逃さずにいろいろと見て回ろう。


 とはいえ、どうしても比較をしてしまうと、やはり雑な商品は多かった。売れ残りセールや見切り品、おつとめ品のようなものばかりが目立っている。


 それでも商売が成り立っているのだから、みんながみんなドジャース商会の商品を知っているというわけでもなく、知っていたとしても古くからの付き合いというものだってある。



 つい先日、王宮でのことだった。


「ここにしか発注できないのか?」


「いえ、そういうわけではないのですが……」


「ふむ。ずっとこことのやりとりが続いているようだな。ああ、別に責めているわけじゃない。ただ、もし品質に差もなく、値段にも差がない場合には別の業者をたまには入れてみるということを頭の中にでも入れておいてくれ」


「はあ……。わかりました」


 宰相の仕事をして書類などに目を通すと、特定の業者との癒着や談合のようなものを発見することがある。まあ、ドジャース商会を通して知っている業者や分野にしか鼻は利かないが、相場から考えるとちょっと高いんじゃないかと思うようなものがある。


 どこの世界でもそういうものはあるのだろう。この世界では特に問題視をされておらず、何が問題かというのも明らかではない。

 「あいみつ取って」なんていうのも、おそらくこの国にはないように思える。王都にはかなり多くの商会もあるのだから、もう少し効率的になりそうなものだが……いや、「いつも通り」の方が効率的か。

 そういう意識の改善はなかなか難しいものだ。

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