第70話 3年の変化〔2〕――バハラ商会の失墜〔2〕

 心ある客や取引相手は商人や販売員たちの話を聞いてくれたが、バハラ商会への嫉妬ややっかみだと受け取った人もいた。


 あるいは、ドジャース商会の商品がバハラ商会のものよりも高いのはおかしい、搾取さくしゅしているとまで言ってくる者もいた。

 そういう客は結局バハラ商会の方に流れていったが、バハラ商会があえてドジャース商会に対する風評被害を呼び込むために雇った客の可能性もあった。


 肌荒れトラブルの期間は5年目の3~7月あたりであるが、なおも度し難いことに肌荒れトラブルがあってからもその商品を売り続けていた。その間、バハラ商会は何のアナウンスもしていなかったのだ。


 ドジャース商会はやっかみや嫌がらせに対する火消しに大変だったこともあったが、そのうちに貴族や富裕層を巻きこんだ肌荒れトラブル騒動が起きてしまった。


 これでバハラ商会の信用は完全に地に堕ちてしまったといっても過言ではない。

 加えて、従来からのバハラ商会の拝金主義や、その商品の粗悪品などの対応への不満が爆発することもあいって、醜聞が一挙に広まっていった。


「ふざけるな! バハラ商会! 責任者を出せ!」


「俺を殴りやがったな! 横暴だぞ!」


 王都民の運動は王宮から兵が出るほどだった。もちろん、これは目に見えている形だが、人々の目に入らない形でバハラ商会に圧力をかけていた者たちもいる。

 バハラ商会は特に貴族や富裕層からの訴えを完全に無視することができず、ついに多額の賠償金を支払うことになった。

 そして、これで事態が沈静化したわけではもちろんない。


 さらに、その批判はバハラ商会を支援していると標榜していたバーミヤン公爵家にも向かっていった。

 それほどの利用者がいたということになるし、他国にも影響があったし、何よりもゲス・バーミヤンが自ら述べたお墨付きを与える言葉が完全に裏目に出た。

 そして、国王からも被害者への賠償金をバハラ商会だけではなくバーミヤン公爵家にも支払わせるように命が下された。

 これにはやはり外交問題にも発展する恐れもあるから、国王も厳しく言いつけたようである。バハラ商会がこの王都を本部にしていなければまた違った対応もできただろうが、バラード王国のバーミヤン公爵家と深いつながりがあることは誰が見ても明白なわけで、何の対応もなければ国際的な信用を失う、そういう判断があったのだと思う。

 王からの命は、バハラ商会が国内で今後商売ができないという言葉として国民は受け止めていた。これは異例のことである。


 初期のトラブルに真摯しんしに対応していれば、傷口をこれほどまでに広げることはなかっただろう。もはや腕と脚がもがれたようなものであり、さらに言えば自らもいだのである。



 一方、ドジャース商会は、というよりは私自身が疑問に思うところがあったので、肌荒れトラブルも起きることを想定して、そのバハラ商会が売りに出していた化粧水やクリームなどを早い時期に入手して、何人かの研究者と密かに分析、解析をしていた。加えて、バハラ商会が登録していた簡易レシピなども取り寄せていた。


「バカラ様、これが解析結果なのですが、かなり問題が……」


「うん? ああ、ありがとう……これは、なんてことだ!」


 すると、化粧水などはほとんど水と変わらなかったり雑菌なども混入していたり、他のものも明らかに肌アレルギーを起こしてしまう物質があることを特定した。

 しかも、そんな重大なリスクがありながらも効果はほとんどない。カーサイト公爵家の毒薬ポーションよりもあまりに酷すぎる商品である。

 さらに、簡易レシピに記されている原材料からは検出されない物質があったり、逆に簡易レシピに記されているのに検出されないとおかしい物質がなかった。これはレシピに嘘の情報を書いて登録していることを意味する。

 これは極めて悪質で罪深いことだと思った。


 明らかにパッチテストはしていないか、数えるほどの人間にしかテストをしていない。真実はわからないが、このような商品は絶対に売るべきではないと憤りを感じたくらいだった。


 良い商品と売れる商品は違う。

 バハラ商会はいずれにせよ、もはや商売をすることができなくなっていった。

 私もバハラ商会の商品がいかに不良品であり、健康被害を招くかを新聞に寄せてできる限り幅広く知らしめていった。まだ使用している人間がいるかもしれない、そう考えたからである。



 ドジャース商会は肌荒れのトラブルに関して、塗り薬などは開発していたし、初級ポーションを呑むと肌荒れもいくらか改善されていく効果もあって、そちらの客がドジャース商会に殺到する結果となった。

 ただ、切り傷などなら傷痕も残らないのだが、この度の肌荒れに関してはポーションでは完全に傷を治すまでには至っていない。おそらく中級ポーションとか、肌に効くクリームなどで時間をかけて治すしかないと今は考えている。こちらについては研究中である。


 ポーションに関しては既に述べたとおりで、こういう事情の顧客がポーションを購入したという経緯もある。だからこの期間は一時的にポーション需要は高まった。


 しかも、バーミヤン公爵家がドジャース商会のポーションを購入して被害者に配っていた。ゲス・バーミヤンは我がソーランド公爵家の世話になることを嫌っていたが、さすがに被害者にカーサイト公爵家の毒薬ポーションを渡すわけにはいくまい。火に油を注ぐようなものだ。


 こうしてバハラ商会は信用とシェア率が著しく低下し、バハラ商会と取り引きをする人々も離れ、それをドジャース商会と、そしてアリ商会が獲得することにつながったのである。


 そしてバハラ商会が負担しなければならない補償金は到底賄えるわけではないので、バーミヤン公爵家が負担することになる。いったいどれほどの補償金かは考えるだけでも恐ろしいことである。美を愛する人々を踏みにじった罪は重い。


 ただ、ゲスは悪あがきで「これは陰謀だ」「バハラ商会に騙された」と発言をして、さらに批判の声は強まっていった。火に爆弾を投下したのである。


 しかも、被害者がまだまだ出てきていた。

 そもそもマスメディアというものが機能していない社会である。カトリーナの生誕祭の時だって、新聞広告のようなものがあればどれほど楽だったか。新聞はあるが全員が同じものを読むわけではないし、全員が読まない。情報格差が王都でさえも起きている。だから、バハラ商会の商品に瑕疵かしがあることがわかっても、みなが知るには時間がかかっていたのだった。


 この点、ソーランド領では各地に情報所のようなところを設けて、週1回程度の更新であるが事件や事故、流行や話題、広告などをわかるようにしているし、文字が読めない者にも口頭で説明が聞けるようにしている。せめて自分が住んでいる領地の話題くらいは領民に共有してほしいと考えていた。


 バハラ商会がさらなるビジネスチャンスを見出して商売をするという道もあったかもしれないが、それは期待できず、そもそも信用もないため、最終的に廃業にまで追い込まれた。

 少なくとも王都ではバハラ商会、あるいはバーミヤン公爵家の臭いが嗅ぎ取れるような店は、見向きもされなくなった。

 バハラ商会のいくつかの組織は解体され、それをドジャース商会、アリ商会、その他の商会が引き取ったのである。


 ドジャース商会やアリ商会を含めいくつかの商会も、バハラ商会の傘下で真面目に商売をしていた人間たちが路頭に迷うのは本意ではないと考えていた点で一致していた。

 このことはライバル商会といっても、それなりの正義や慈悲をそれぞれの形で持っていることが確認できた点で、ある意味商売相手としてはやりづらくもあり、心強いものを感じた。


 多少の調整はあったが、それぞれの商会の代表者同士で交渉をし、なんとか多くの人間が生活できなくなるということだけは回避した。ただ、それでも全員がそうとは限らない。


 こうして、公爵家でいうと、バハラ商会を支えていたバーミヤン公爵家が一番大打撃で、アリ商会を支えていたカーサイト公爵家はポーションのシェア率が大きく下がった。

 そして、バハラ商会の顧客をアリ商会が得ることになった。


 元々アリ商会はカーサイト公爵家のポーション頼みだけではない商売をしていたので、被害が大きいと言っても直接的な打撃はカーサイト公爵家である。


 そのカーサイト公爵家のダメージは決して軽微ではなく、これからさらに傷口が広がっていくことになるだろう。


 反対にドジャース商会、ならびにソーランド公爵家は飛ぶ鳥が勝手に落ちてくる勢いであり、待ちぼうけをしていても自然に大きくなっていった。



 そして、私は6年目のこの年、この国の宰相となった。

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