第64話 裏シナリオ

 宰相との話に戻る。


「まさかドジャース商会と深いつながりがあったとは、私の情報網もあてになりませんな」


「今後ともドジャース商会は発展させていきますから、これからも長くお付き合いさせてもらいたいものです」


「ふむ、あの商会のケビンという男、なかなかのやり手ですな」


 カラルド国は私と同じく、闇の世界に生きる者を多く雇っているのだろう。この国にも何人も入りこんでいると見た。宰相と最初に会った時には隣国だから公爵領主として挨拶に行っただけで、そこにケビンを改めて紹介することになった。

 ただ、この宰相、私とドジャース商会とのつながりは知っていてこういう言葉を言っているようにも見える。


 闇の世界に生きる者とは諜報活動部隊のことで、ロータスやキャリアのような人間のことである。キャリアの娘もまだ小さいが、今では加わっている。


 バカラはロータスに指揮された多くの者たちを各地に放って、大小さまざまな事件や事故、話題や流行などを調査させていた。先々代よりこの手の情報収集をソーランド公爵家は行ってきている。この情報によってカーティスやカレン先生、護衛のクリスやカミラを見つけたのだった。

 いつの時代も情報というのは価値が高いものである。まだ開発は先なのだろうが、この世界でもいつか電話やメールのような情報通信システムが導入されることになるのだろう。


 ちなみに当たり前といえば当たり前なのだろうが、現国王もこういう秘密部隊を各地に派遣して王都内はもとより、各領地や他国にまで広く情報を収集している。どうやら先々代や先代は自身の諜報部隊と王の諜報部隊との情報を突き合わせるようなこともやっていたようだ。



「商会から出版されている本もなかなか面白いですな。いったいどのような方が執筆されているかはいまだにわかっておりませんが……」


 続けてボーリアルは『人を動かす珠玉の言葉たち』を話題に出してきた。


 クラウド王子も「いやあ、良い言葉が多いなって結構周りにも愛読者がいるんですよ。続編はまだかまだかと待っています」ということである。

 2年ほど前にカメラ・メメントというペンネームで書いたあの本だ。


 まさか名言丸パクりに私が少しばかり解説した本がカラルド国にまで人気があるとは、しかもこの二人が読んでいるとは思わなかった。


 ちなみに今は3巻まで出ており、売れ筋も好調で人気商品の一つである。

 この世界には小説や評伝もあるが、ビジネス書や警句集のようなものはなかったように思う。反響があったのはそのような理由もあるだろう。


「『言葉を欠く者は思慮を欠く者である』です。畢竟ひっきょう、政治とは言葉です」


「2巻第1章第4節ですな。しかし、『剣のない契約は言葉に過ぎず、人を守る力は全くない』とも言えますな」


「はは、一本とられましたな」


 その言葉が何巻の第何章の何節とか、よくすぐに思い浮かべるものだ。このボーリアルは相当読み込んでいるんだろう。

 これにクラウド王子と、それにカーティスも乗ってきた。


「1巻第3章第2節『公正な言葉は、決して舌を傷つけることがない』とも言いますね」


「3巻第4章第1節『ペンは魂の舌だ』とも言います」


 この者たちの頭の中身はいったいどうなっているんだろうか。

 書いた本人ですら知らないことを知っているようだ。


 その後の話でカラルド国には何人かの料理人を派遣することになった。これは王族が望んでいるという話を訊いたからだ。

 中には秘伝のレシピを教えることになるかもしれないが、つまみ程度のレシピであれば教えても構わないし、料理人に任せている。それに食文化の改善は他国であったとしても願ってもないことである。

 問題となるのは材料や調味料であり、これはドジャース商会と取り引きをしてもらわなければならない。



 カラルド国は大国であり、バラード王国よりも上である。

 もしバラード王国とカラルド国とが戦ったらカラルド国が間違いなく勝利する、そういう評価がなされている。

 単純な軍事力の差というのか、兵や騎士だけでなくて魔法使いもそれなりに多く、兵器などもいくつかあるようだ。兵法家というか、策略家、それも戦争に特化したような人たちがいるという。バラード王国は個人戦では優位かもしれないが、集団戦だと明らかに分が悪い。

 だから、もしカラルド国が急に攻めてきたら、バラード王国では持ちこたえるのが難しい、ということのようである。

 もちろん、これは仮定の話であるし、今の両国の関係は悪くない。クラウド王子を見ても野心があるかと言われると、どうなのだろう。


 ところで、戦争一般はどうやらこの世界では、特にバラード王国やカラルド国があるこの大陸ではほとんど起こらない。

 そんなことがありうるのかと大変いぶかしい。ただ、小競り合いはあったと聞く。まあ、戦争のまっただ中、ヒロインが学園で青春というのも怖いものがある。

 人間同士の争いよりも魔物との戦いに忙しいということだが、そういうものなんだろうか。それほど魔物と大々的に戦うという状況はよくわからない。魔物がそんなに一斉にやってくる事態がありうるのかというのは気になる。定期的な間引きだけで十分ではないかと思う。


 「裏シナリオ」というものがある。

 川上さんが話していた裏シナリオとはこのカラルド国の王子が攻略対象になるというものだった。攻略対象とは何かと訊いたら教えてくれた。

 いやいや、早合点だ。

 正確には「隣国の王子」と話していたからカラルド国ではなく別の国の可能性もある。もっと詳しい話を訊いておけばよかった。


 川上さんはそのためにゲームで鍵を探していたようだが、その裏シナリオというのはまだ見ていないと思われるはずなのに、そういう情報を先に仕入れてからゲームをやるものなのだろうか。


 確かにクラウド王子の整った顔立ちからすれば、その攻略対象と呼ばれる貴公子なのではないかと言われたらまあ納得できる。王子の髪は銀髪だし聡明だろうと思う。カラルド国の王家の血筋はみなそうらしい。


 ただ、ヒロインたちと王子との年齢差は10歳近いものがあるので、ヒロインが学園に通っている間に会うことはないから、クラウド王子が「隣国の王子」というのはやはり違う可能性の方が高いように思う。

 それとも10歳差でもそこまで問題はないのか。

 ゲームの中では年の差はあまり関係ないのだろうか。

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