第35話 一年の成果〔5〕

 領内の魔物対策は、雇った人たちと合流したり、離れたりしていったが、半年近くかけてその地に赴いて施していった。

 村々はやはり中心部よりは発展しているとはいえない。

 ただ、材木や資源などの発掘もあって、小さな村々といえども必要な場所である。古くからそこに暮らす者がいる以上、私が守るべき民である。

 そしてその理由に「発展」しているかどうかは評価に関係ないし、そこに暮らす人たちの価値や幸せに、他の地域の領民と本質的に差があるわけでもない。


 外敵を防ぐためにせめて外壁でもあれば、という話になった。

 そこで私が土魔法で高さ5m、厚さも3mくらいの外壁や土塀を作って、村や町の周囲を囲っていった。


 さすがは大精霊の力だ。

 これまでも何回か使ったことがあったが、今回が一番力を使っている。

 モグラもただの土好きなごくつぶしじゃなくて、やる時はやるモグラだ。モグ子の方が有能なので全くその力に気づけなかった。


 質量保存の法則を無視しているのはラボアジエもびっくりの、いまだに慣れない感覚だが、楽に魔法を使え、その威力も甚大じんだいである。

 それにしても、無から新しく出てくる土壁もそうだが、堀のために無くなった大量の土砂はいったいどこに消えてしまったのだろうか。いつの日にか空からおーいとか出てこーいとかいう声とともにいろんな物がくそ味噌みそも一緒になって降ってくるんじゃあるまいか。

 それならばクソガキ王子の部屋か、バーミヤン公爵家の邸にでもたんまりと雪崩なだれ込んでいくといい。


 やはり長い距離と高さの外壁を作るには一度に大量の力を使うようで、たいてい一つの村を囲ったらその日はその村で身体を休めて滞在して、回復したら次の場所に向かっていく。

 その時に村人に何か不具合がないか、足りないものはないか、など聴き取りをしていって、別邸に行かなければならない場合には使いの者を遣ったり、その場でなんとかなるものについてはそこで処理をしていった。

 

 そのいくつかの村々にすでに土壁が作られていることがあった。

 領民に訊くと、「えっ、あの、バカラ様が……」と戸惑いながら言ってきたので、「わたし?…………ああしたわ」と、記憶を探ったら、ああ、あったあったとうっすらと記憶がよみがえる。

 なるほど、どうやらバカラも同じように作っていたらしい。言われるまで思い出せないということは、印象に残っていないか、バカラの中でもわりと古い記憶か何かということなのだろう。

 そして、その記憶の連想つながりで先々代や先代もやはり同じことをしていたようだ。

 もちろん、それらの中にはすでに年月が経っていてボロボロのものも少なくなかったので、補修していった。


 こうして、多くの村や町に行き、最低限の護りを一つひとつに施していった。

 その際に、川が氾濫はんらんする危険性のある場所などにも堤防を作ったりした。

 有史以来、人類は水をどう制するかが悩みの種だった。この世界でもそうであるようだ。


 自然災害は恐ろしい。

 特に水は何もかも不条理に奪い尽くす。


 奪い尽くした後にもその地に、その人々に、その人々の心に挫折感と異臭と無力感と、そして大量の汚泥おでい瓦礫がれきの処理という仕事を確実に残す。


 綺麗なものも汚いものもその場所にかつて人々とともにあった事物は、人々とともにこれからありえたであろうはずの尊い歴史と記憶と未来の数々は、その全てが非情にもガラクタと呼ばれ、瓦礫とともに処理をされ、ガラクタと呼ばれることに、そう呼ぶことに慣れて受け入れていかなければ地に足をつけて再び立ち上がる力も出ず、歩む気力も起こらず、歩き始めてもなお目の前にどこまでも灰色に広がり続ける同じ光景に、もはや二度と同じものを取り戻すことができない、蘇らせることができないとしか思わせられざるをえない、そんな絶望的な状況にまさしく絶望としか言葉と意味とが与えられない世界のことを、人は地獄と呼ぶ。


 …………。


 ……この対策だけは絶対に手を抜けない。

 そのために当初よりも時間はかかってしまったが、納得できるところまではできたので良かった。


 2ヶ月ほど家にいないこともあった。

 カーティスやロータスにその間は公爵としての仕事を果たしてもらい、私は壁を作り続けて、やっと戻ってくることができた。


「一番の変化は、これだな」


 もうつまみ上げるほどの弛んだ脂肪も少なくなってきた。


 180㎝の私の体重は95㎏。この1年で50㎏の減量に成功したことになる。

 筋トレも続けているため良い筋肉ができてきている。これならある程度人前に出たとしても恥ずかしくはないはずだ。

 この肉体改造も売りに出すことができる。

 一年間のビフォーアフターが気になる人も多いだろう。私という商品の広告、もしくは広告塔として新しい役割を果たせるかもしれない。

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