第29話 ドジャース商会〔1〕

 これまで人件費や研究費などをガンガンと使ってきたが、当然公爵家の金庫はサクサク減っていく。

 したがって、どんどん稼がなければならない。

 税率を上げるのは時期尚早だ。いずれは上げていかないといけないが、今はその時期じゃない。


 稼ぐには物を売らなければならない。だから、商人との取り引きも重要になる。

 しかし、商人は国に仕えているのではなく、あらゆる国に属すし、あらゆる国に属さない。だから、この公爵領に良いようにはからってくれる商会が必要である。

 そこで、公爵領内の小さな商会を一つにして、それをドジャース商会として公爵領で考案した商品を売ることに決めた。


 アリーシャに婚約破棄をしたアレンのにっくきバーミヤン公爵家、その公爵家お抱えのバハラ商会がこの領地で羽振りを利かせている。

 このバハラ商会を潰す、ないし追い出す、あるいは併呑へいどんすることも狙いとしてある。


 そんなバハラ商会に過去、現在に嫌がらせを受けて大打撃を被った商会ばかりを集めていった。あのバーミヤン公爵家然り、バハラ商会はどうやら相当悪質な商会のようである。被害者は集団訴訟でも起こせそうなほど、かなりの数だった。

 すでに畳んで閉じていた商会もあったが、有能な商人なら引っこ抜いたし、あのバハラ商会に挑むと知り、この野郎と意気込んだ商人もいた。多くの人たちと長年やりあってきた一人ひとりの知識やツテは決して軽視できない。


 いくつかの商会が併合していき、そのトップはケビンという20代そこそこの青年に任せることにした。若いがケビンは他国とも上手くやりとりをしている。このネットワークとフットワークは活かせる。


 ケビンは商才は相当なもののようで、目利きがいい、度胸があるとの評判だ。他の商会からも評価が高い。だからこそ、トップになってもらった。


 「バハラ商会をぶっ壊す!」とどこかで訊いたようなフレーズだが、大衆に迎合するスタンドプレイに終始せずに、野心と好奇心と義侠心ぎきょうしんとを抱き、大局的に未来を見定める者の双眸そうぼうは涼やかであり、好ましい。


「それで公爵様、どのような商品を売るっていうんです?」


 我が家にやってきたケビンが怪訝けげんそうな顔をしている。

 そりゃそうだ、商人ではなく私は公爵なのだ、商売が上手なわけでもない。そんな噂も流れたことはないだろう。

 私には商才はないが、商才のあるものにその価値を理解させることはできる。これが私の仕事だ。


 物が売れればいいというが、ターゲットは緻密ちみつに絞らなければならない。

 万人受けする物を売るのは容易なことではない。それに加えて子ども向けのものはまだ早い。各世帯に余裕ができてからの話である。


 一つは娯楽。これはリバーシや将棋、チェスなどである。簡単なルールで遊べるものがいい。

 これらもヒロインが考案したものであり、この世界の娯楽文化を活性化させたという。

 それにしてもこんな単純な娯楽遊具もないというのは、変な世界だ。まさかたかりや狐狩りでもしてるんだろうか。


 トランプや花札、麻雀もいいが、作るのに時間がかかる。まずはシンプルなものからだ。こちらも軌道に乗ったら開発してもいいだろう。その時まで秘密だ。

 それにしても、娘が見せてくれたスマホの中の麗しい貴公子たちも、4人が雀卓を囲んで麻雀をする日が来るのだろうか。きっと、それはきっとさぞや良い声で「ポン」とか「ロン」とか「ツモ」と言うのだろう。


 商品開発の職人は一流の者を選んだ。他の領地や他国からも呼び寄せた。

 質の良さは必ず信用につながる。

 最初から粗悪品など作って売って小銭を稼ぐつもりはない。商売は短期的ではなく、中長期的な展望を持たなければ意味がない。


 何度か改良して、壊れにくい物をいくつかサンプルとして作らせた。

 いくつかの遊戯のルールを説明して、ケビンと遊ぶ。

 ケビンはかなり悔しそうに「もう1回お願いします」と何度も挑戦してきた。こういう対抗心をあおるのはいいことだ。


 それにしても驚いたのはケビンは賢い人間だった。

 リバーシなんかは隅や角を制することが勝利に繋がると何回かの手合わせで自力で思い至ったようだった。

 私ばかりが勝ち続けるのも申し訳ない気もしたので、わざと手を抜いたら、それも看破かんぱした。こういう才もどうやらあるのかもしれない。コテンパンにしてやればよかった。


 娯楽遊具は庶民向けの安いものと、やや豪華なものと、2種類用意し、それぞれにドジャース商会の刻印のあるものにした。

 どこの商会が関与しているのか、さらに転売を防ぐ狙いもある。

 価格設定はケビンにやらせた。相場のわかる人間に任せるのが一番だ。


 ただ、数量限定で職人が本領を発揮できるものもいくつか作らせることにした。 

 これは職人のモチベーションにもつながるし、それを見た他の職人が技を真似たり盗んだりするかもしれないと考えたからである。

 また、最高品質の最高級の遊具を欲しがる者は、きっと何人かはいるだろうと考えたからである。


 実際、あまり使うことのない貴重な材料を手にしてうなっているベテラン職人もいて、職人としての誇りと技にかけて挑んでいた人もいた。「良い仕事をした」と、満足していたようだ。

 高級品の物は、もしかすると遊びはしないが、インテリアとして飾ることだってあるだろう。それでもいい。

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