第21話 子どもたちの願い〔2〕

「私の息子のカーティスと契約をしてもらうことは可能でしょうか?」

「なっ!? だ、大精霊様ですよ? 父上、何をおっしゃっているのです!」


 驚いたようにカーティスがこちらを見る。何を馬鹿なことを言っているんだという表情である。

 もしこの願いが叶ったら、カーティスの心のおりのようなものが少しでも癒されていくかもしれないというせめてもの親心である。

 魔法が使えなくても私もアリーシャもカーティスを大切な家族の一員だと考えているが、本人はそうとは限らない。

 カーティスがそう考えたとしてもふいに家族の中で一人だけ魔法を使えないという疎外感を得ることだってあるだろう。

 そういうしこりはできる限り取り除いてやりたい。


「どっちも可能だよ。どうする?」


 ほらみろ、土の大精霊にお願いしてみるもんだ。言わなければ何も生まれない。

 

「その、契約というのは土の魔法以外も使えるんでしょうか?」

「いいや、僕が契約するなら土魔法オンリーだよ」

「『僕が』ということは、他の大精霊様にも連絡してもらって契約ということもできますか?」

「うーん、大精霊にもよるかなぁ」


 な、カーティスよ、やはりこういう時は多少厚かましくても言ってみるもんだな。


「カーティス、どの魔法がいいか、希望はあるか?」


 問われたカーティスが何かを考えているようだ。これだと思っても「それはできないよ」と言われる可能性もある。


 魔法には大きく分けて、火、水、土、風の4つある。あとは光と闇というのもあるらしいが、これはレアケースのようだ。

 だから、基本的に契約の選択肢はこの4つになる。

 カーティスは何を希望するだろうか。


「水……、水がいいです。大精霊様、水の大精霊様と契約をすることは可能でしょうか?」

「水かぁ……。彼女は怖いからなぁ……」


 大精霊はちょっと渋っている感じだ。仲が悪いんだろうか。

 だが、この反応は全く脈がない話でもなさそうだ。あと一歩、もう少しで届きそうだ。

 だから言ってやった。


「別の土を用意できます。今日召し上がったのが最高の美味しさではないはずです」

「なにーー!! それは本当なのか?」

「はい、できます。作ってきます」

「うーーーーーん、わかった。それで手を打とうじゃないか!」


 よし、いけた!

 カーティスも自分の願いが通って珍しくこちらにもわかるように喜んでいる。こういう顔を見られるのは親としてこの上なく嬉しい。

 ただ、アリーシャの方を見ると少し浮かない顔をしている。

 そうだな、父さんがここで終わったらだめだよな。

 もう一歩、踏み込んでみよう。


「ついでにもう一つのいろんな植物を、という願いも呑んでくださると、さらに良い土を作るための研究がはかどるんですが、いかがでしょうか? もっとまったりと舌にねばりついていって、コクのある美味しい土ができるはずなんですが……」

「むーーーーーー」


 悩んでる悩んでる。

 追い打ちだ。質で駄目なら……


「年に1回じゃなく、半年、いや毎月その土を納めます」

「はい、乗った! 即決。わかったよ。君、人間のくせによくわかってるじゃないか。そういうアグレッシブなのは嫌いじゃない」


 よしよし。これで二人の子どもの願いを叶えることができた。これなら大金星だろう。


「誠に感謝いたします、土の大精霊様」

「君の家は……ああ、あの地域だったね、それじゃあ水の大精霊ちゃんと話がついたらすぐに向かうから美味しい土を用意しておいてね」

「はい、お待ちしております」


 最後に少しだけ話と確認をして、土の大精霊はすっと消えて行った。やはりモグラだから地中にいるんだろうか。


「父上……ありがとうございます」


 頭を深くしてカーティスが礼を言う。それに続けてアリーシャも礼をした。


「よせよせ、親として当然のことをしたまでだ。それよりも新しい力を得ることになるんだ。その力を決して悪用することのないよう、常に冷静でいなさい。力を持つ者の矜恃きょうじを持ちなさい」

「はい」


 私を見るカーティスは実に良い顔をしている。なるほど、娘はこういうカーティスの姿に惚れ込んだんだな。娘もなかなか見る目があるじゃないか。それに邪気のない良い声だ。この声は人を魅了するだろう。

 こうして大きなモグラとの交渉は終わったのだった。

 久しぶりに大きな交渉案件だった。これからぶらりと居酒屋に、とはならない。


 それからは急いで領地にいるレイトたちに連絡をして、できるだけ早くに良い土を改良してほしいという伝令を発した。あの研究者たちなら短期間でもより良い土を用意できるかもしれない。

 その後、予定通り子爵家に数日滞在して、ソーランド領に戻って来た。

 義父も義母も二人の子どもに分け隔てなく優しく接してくれていた。年に一度と言わず、もっと会う機会があってもいいなと思う。

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