5-3話

「テロ? そんな馬鹿なことがあるはずがない」


 四条教授が反発するのは当然だ。千年以上も地中に埋もれていた物とテロが、どうして関連するというのだ。吉本は心の内で彼を応援した。


「あの中に何があるのかわからない。それが核兵器でないと言い切れますか?」


 問われた四条教授が笑った。吉本も同じだ。遺物が放射能を帯びているからといって、核兵器を持ち出すのは短絡的すぎるし、彼が言う通り万が一テロリストが現れたところで、この巨大な遺物をどうやって盗み出すというのだ。中身を取り出すにしても、中に入る方法さえわからないのだ。


「もちろんだ。1800年前に核兵器があるはずないだろう」


 渡辺教授が冷笑する。


「ほう、すでに天鳥船が1800年前のものだと、断定できたのですか?」


「地層から見て、間違いない」


 彼がむき出しになった土手の断面を指さした。


「もっと古い物だという可能性は? あるいは、これが他の惑星からやって来た可能性は検討されましたか?」


「馬鹿な……」


 教授たちは言葉を失った。


「私たちは、天鳥船が実際に飛んだと仮定しています。そうなると、その技術は現代人に優るものです。違いますか?」


 影村が畳みかける。


「馬鹿なことを言わないでくれ。非科学的だ」


 四条教授が応じた。それは科学者としての常識的な反応だ。


 吉本は違った。影村たちNSCが、自分たちの知らない何らかの情報を有しているのではないか、と疑った。天鳥船は本物の宇宙船なのかもしれない。灰色の巨大な遺物に目をやると背筋が震えた。


「教授、止めましょう。荒唐無稽こうとうむけいな議論に時間を費やすのは無駄です。調査はしても良いというのです。放っておきましょう。実害はありませんよ」


 渡邊教授が促し、NSCの指示に従おうと言った。2人は本部テントに入った。


「お宅らは、自衛隊に対する指揮権も持っているようですな」


 蒲生教授が皮肉めいた言い方をした。


「指揮権は佐藤総理にあります」


「総理大臣の指示で出てこられたわけですか?」


 影村は、蒲生教授の質問を無視。片手をあげて自衛隊員に指示を送った。すると彼らは天鳥船の四方へ展開、簡易の放射線遮蔽シートを立て、様々なセンサーやケーブルを設置し始めた。


「総理の判断した情報はどこから?」


 吉本は尋ねた。


「情報はどこからでも入ります」


 影村が唇の端を歪めた。おそらく笑ったのだろう。吉本は得体のしれない恐怖を覚えた。


「すると、天鳥船は私たちの研究の領分ではないのかもしれないな」


 蒲生教授がこれ見よがしに声を上げた。影村に対する強烈な嫌味だった。


「手を引かれますか?」


 影村が真顔で訊いた。


 バカにしやがって。……吉本は腹の底が煮えるのを感じた。


「蒲生教授、そんなことを言ってはダメです」


 久保田准教授が声を上げた。


「何がダメだと言うのだ? あれがオーパーツなら調査を中止することも選択肢に入れるべきだ」


 応じる蒲生教授の目線は、常に影村に向いていた。


「オーパーツだからこそ、研究すべきだと思います」


「冗談だよ。こんなに面白い研究素材。手放すはずがないだろう」


 真剣に訴える彼女に向かって微笑み、影村には冷たい視線を送った。


「もう、脅かさないでくださいよ」


 2人が並んでテントに入った。


 ――チッ――


 影村が舌打ちし、煙草を取り出してくわえた。が、火をつけようとはせず、そのまま天鳥船に向かって歩いて行った。


「吉本君、何をしている? はじめるぞ」


 テントの中から渡辺教授の声がした。


「すみません」


 吉本は冷房の効いたテントに入った。

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