3-2話
発掘現場は、作業員の工具の音とディーゼル発電機の唸りが炎天下の空気を震わせ、本来のどかな山里が工場のような騒ぎになった。時折鳴くカッコウやウグイスの声だけが、そこが田舎だと思いださせた。
数日後には台地が大きく削られ、長さ20メートル、深さ5メートルに及んだが、巨岩は全貌を現さなかった。
「恐るべき巨石ですね」「とんだ土木事業だ」「天井石というより、もはや壁だな」
掘られた溝に下りた教授たちは、露出した巨岩を撫でまわし、天を仰ぐように石壁を見上げた。
白御影石のように明るい灰色のそれは、まさに墓石のようにすべすべしていた。その感触に吉本は違和感を覚えた。
「これは、本当に石なのでしょうか?」
感じたままを口にすると、四条教授にじろりと睨まれる。
「あ、いや、鉱物にはちがいないと思うのですが、これまで見てきたものとはずいぶん印象が違うと思いまして……」
「確かに切り出した石とは違う。だが、河原でなら、こうした表面の石はいくらでもあるよ」
渡辺教授がヘラヘラと言った。
「おそらく花崗岩でしょう。しかし、こんなに白いのは珍しい。まるで墓石のようですね」
久保田准教授の見解に、四条教授が顔を曇らせた。
「久保田さんは上手いことを言う。まさに墓だよ。石室なのだからな」
そう言った渡辺教授がルーペを取り出し、石の表面を観察した。
河原の小石なら流れで表面が滑らかになるのは自然なことだが、こんな巨岩が河原に転がっているものだろうか? それがあったとして、こんな山奥までどうやって運んできたというのだろう?……吉本は首をひねった。
「もっと深く掘る必要がありますね」
木野川准教授の声が吉本の思索を遮った。
「最終的にはそうだが、まず、溝を前後に伸ばして岩の長さを、それが済んだら幅を確認しよう。厚みはそれからだ」
四条教授が言った。
発掘作業は順調に進み、10日後には巨岩の片面を掘り終えた。その長さは70メートルほどもあった。岩の上部にはまだ土が乗ったままだが、明らかに北側は半円を描くように丸みを帯びていて、その形状は前方後円墳を思わせるカーブを描いていた。
研究者たちはもちろん、土を掘りつづけてきた作業員たちも、これまで見たこともない遺物に目を白黒させた。
前方後円墳の石室が前方後円墳型、しかも天井石が一枚岩なのか! 当時の技術力で全長70メートルの巨石を自由自在に扱えるとは思えない。……吉本は言葉を失っていた。
「前方後円墳を模した石室のようだ。……まあ、前方後円墳は子宮を模したという考えもある。埋葬そのものが人間の母体回帰ではあるが……」
四条教授が、賢明に冷静さを装っていた。彼の言葉を皮切りに、他の研究者たちにも声が戻った。
「こんな石室、見たことがありません」「世紀の大発見です」「埋葬品の価値は数億になるぞ」「重要なのは石室が前方後円墳と同形なことです」「誰が埋葬されているのだ?」「どうやって造ったのでしょう?」
推理と妄想が教授たちをはじめ、多くのスタッフの脳内をざわつかせた。そんな時、数人の作業員が体調不良を訴えたが注目されることはなかった。彼らは病院に足を運び、熱中症の処置を受けた。
しかし問題はそれで終わらなかった。翌日も、翌々日も、同じような体調不良を訴える作業員が現れ、しかも人数が増えた。
それから休息時間や給水回数を増やすなど安全対策を強化したが、体調を崩す者は絶えなかった。そのために、常に新たな作業員が募集された。
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