第8話 ○-net

「高い金払ってんだぞ!! 〇ーネット!! それでもアドバイザーか!! もっといい男マッチングしろや!! この私に低収入工場勤務の男が見合うわけないじゃろがい!!」


「婚活してるのか……メイ先生」


 思わずマリエの口から憐憫の色を含めた言葉が漏れる。


「メイ先生じゃねえって言ってんだろが!!」


 まずい。こちらに注意が向かった。メイはストンピングを一旦やめ、マリエたちの方に向き直る。一応まだ「葛葉くずのはメイ」ではないという設定なのだ。


「アフター5の私は先生じゃない! 一匹のメスよ!!」


 どうやら設定も大分あやふやになってきたようである。激しい運動によりアルコールが体内にまわってきたのであろう。メスの部分を生徒に見せるな。


「もう……なんなのよ。モチベーションアップのためにゼク〇ィ買ったら余計にみじめになるし」


 今度は涙を流して愚痴りながら、マリエ達の方に歩み寄ってきた。「鉄仮面」のあだ名とは裏腹に大分感情の起伏が激しい女である。


「いいわよね、あんた達は。人生これからだし。お遊びで魔法少女なんかやっちゃってさ」


 三人が三人とも視線を逸らす。しかしその不穏な空気も酔ったメイは気にしない。ずかずかと近づいてきてアスカの肩に腕を回す。


「正義のヒーローやって上から目線で下民共を救ってやってるんですかぁ? じゃあ私も救ってくださいよぉ。いい男紹介してよぉ!」


(酒臭っ)


 思わずアスカが顔をしかめる。たちの悪い絡み方である。というか去年までランドセル背負ってた中学生相手に言っていいセリフじゃない。


「あんた達もいずれ私みたいになんのよ。魔法少女なんて一回始めたら辞め時が分からなくなって二十年も経って、気付いたら周りはみんな結婚してる。自分だけが取り残された、なんてことになっちゃうんだからぁ!」


(きっつぃ……誰か助けて)


 アスカは視線を彷徨わせるが、しかしマリエとチカは即座に目を逸らした。冷たいものである。人間とは、常に孤独の中生きているのだ。メイがそうであるように。


「あっ! 逃げる! 逃げようとしてる!! ほら、先生、フローキが逃げちゃいます!!」

「先生じゃねえって言ってんだろがぁ!!」


 しかしフローキもさる者、さすがは四天王である。離脱に際して再度の攻撃を試みる。地面すれすれで羽ばたきながら飛行し、砂煙を巻き上げて目くらましとして巻き上げ、攻撃を仕掛けてきたのだ。


 一同は何とか伏せて敵のかぎ爪を躱す。アスカが喰らったのはまだ前腕だからよかった。もし直撃を喰らえばその先端は簡単に心臓をわしづかみにして串刺しにするだろう。


 幸いにも誰一人としてその凶器の餌食となったものはいなかった。しかしフローキは大きく上昇して天へと逃げてゆく。


「ごほっ、くそ、逃げられた」


 砂埃を手で払いながらマリエが呟く。「逃げられた」と言っても追い詰めたのは全てメイなのであるが。


「でもこれではっきりしたでしょう。やっぱりあの魔法熟女の正体はメイ先生だったのよ。いい年こいてへそ出しルックよ? 魔法少女よ? 大丈夫なのあの学校?」


 一部例外はあるものの、基本的に公立学校において教師の副業は禁止である。


 魔法少女がそれにあたるのかどうかは分からないが。


 しかし少なくともアラサーの女性が少女を名乗るのは人倫上許容できまい。「女子」ですらないのだ。「少女」なのだ。厚かましいにも程がある。


「そもそもあの女が屈筋団クッキングダムに無茶苦茶するから向こうもなりふり構わなくなってきたッチこれ以上放っておいたらさらに状況が悪化するッチよ」


 ルビィの言うとおりである。最初のころの屈筋団とアスカ達の戦いはここまで殺伐としたものではなかった。少なくとも死人が出るような戦いではなかったはずなのだが。


 しかし実際チカは昨日、悪魔に捕食されそうになったし、メイはその悪魔を殺害してガリメラという化け物に食わせていた。


 本来ならアスカ達の魔法の力によって「改心」させることで元の人間に戻せたはずなのだが。


「これ以上ほっといたら……って、言われてもフローキは飛んで逃げちゃったから追えないよ?」


 チカが空を見上げながらそう言った。既にフローキは夜空の向こうへと姿を消している。


「とにかく、走ってでもいいから追わなきゃ。あんなのを放っておいたら一般市民が犠牲になるわ」


 二人に向かって話しかけるアスカ。しかしそのアスカの肩にマリエが右手を置く。手に込められた力は、強い。


「そこまでしてやる必要が、ある?」


 しっかりとアスカの目を見つめる。力強い視線で。


「どういうこと?」

「どういうこともなにもないわ。私達が戦ったところで一般人に感謝されるわけでもない。改心させるだなんだってヌルくやってた昔ならともかく、今はもうタマをとる、とられるののっぴきならない状況なのよ。命かけてまで戦う必要があるのかって言ってんのよ」

「何言いだすッチ!」


 即座にルビィがマリエを咎めるが、しかしチカとアスカは少し冷静になってしまった。


 自分達は戦う力がある。あるならば、力無き人々のために戦うのが当然と思っていたのだが、しかしただの女子中学生がそこまでして戦わねばならないのか、と。


 ヒロイックな感情だけで戦うには、あまりにも危険な相手なのだ。


「でも、戦わなきゃ、フローキを追わなきゃ、死人が出るかもしれないんですよ!」


 チカが縋りつくように話しかけるがしかしマリエも退かない。


「あんたは元々回復魔法ばっかり使ってほとんど戦ってないでしょうが。最前線で戦ってるのは私とアスカなのよ。よくそんな無責任なことが言えるわね」


 その気迫にチカは気圧されてしまう。アスカは困惑の表情を見せる。


「潮時じゃないの? 私の知らない人達が知らないところで死のうが、知ったこっちゃないわよ。それともあんたそんなに悪魔のエサになりたいの?」


 アスカとチカは言葉を発することができない。確かにマリエの言う事も一理あるのだ。しかしそう簡単には割り切れない。マリエはさらに今度は少し声のトーンを落としてルビィに話しかける。


「最近、魔法を使うと体調に違和感があるというか、だるさが抜けないのか、ヘンな感じになるのよ。本当に、私達が戦わなきゃいけないの?」


 ルビィは黙して語らず。じっとマリエの目を見る。キツネザルのようなその顔からは、感情を読み取ることができない。


「だからと言って悪魔を見過ごすわけには……そうだ、メイ先生の意見を聞こう。先生は?」


 アスカがそう言ってキョロキョロと辺りを見回す。


「もう行ったわよ」


 行った? どこへ? アスカとチカは首を傾げる。


「近くの工事現場から手に入れたのか、またあの化け物の口から取り出したのかは知らないけど、どっかから調達したザイルをフローキの足に巻き付けて、一緒に飛んでちゃったわよ」


「え!?」



――――――――――――――――



「クッ……この女……正気か!?」


「逃がさないわよ」

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