第32話憎悪
王城から門にかけての大通りを進むアルベール。
それに付き従うのは、ミランダ。
通称ミラ。
その彼女が一人でアルベールを護衛を担っていた。
アルベールは敵方の大将にあたる。
本来であるならば、彼の護衛は精鋭中の精鋭で守りを固めなくてはならない。
しかし、アルベールの警護に不服を申し入れるものは一人もいない。
正確には、する必要がない。
アルベール陣営にいる者たちは理解しているからである。彼女という一人の人間の実力を。
そして、それを証明するかのように大通りを堂々と突き進む。
無論、この場。――大通りにはモンスターを始めとするそれに連なる者達が跋扈している。
それなのに、彼は平然と歩く。
否、歩けてしまう。
辺りにいるモンスター達がテイマーの支配下にいることもあるが、それ以上に彼女を恐れている。
彼女には何もなかったからだ。
鎧の男が放った強者の威圧感も、最強たる風格も何もない。
あるのは虚無。
絶望のその先にある色のない世界。
そのなんとも言えぬ気色悪さに近づこうとさえしない。
「なぜだろうなぁ。こんなベッピンと肩を並べて歩いているっていうのに、なぜこんなにも楽しくないのは……。やれやれ、連れている俺が悪いのか?それとも、君が彼女を越えるほど面倒な女なのか?」
「騒ぐな。羽音でも鳴り止まないのは気分が悪い。」
「まったく、これは元に戻さなかった方が良かったかな?」
―――地下水路
「何なんだよ!もぉ!やっと平和に暮らせると思ったのに!なんで……、俺たちがこんな目に合わなくちゃいけないんだ!」
「そうよ!私達が何をしたって言うの?」
モンスター達の侵攻によって住民達は散り散りになり、まともに連携もできていなかった。
それに加えて、彼らには指揮官がいなかった。
そんな彼らが上げた嘆きは、いつの間にか批判へと変化していた。そして、その批判の対象になるのは決まって立場の弱い者たちである。
それは、最前線でこれから戦うであろう兵士達、そして、アルベールが連れてきた傭兵達である。
彼らには傭兵であることは伏せているが、アルベールの仲間であることは知られていた。
そしてその中の一人が、抱えきれぬほどの怒りをセレンに向けて吐き出した。
「お前たちのせいだ……。お前たちが、この国に来なかったらこんなことにはならなかったんだ!」
その言いがかりでしかない怒りに便乗する愚かな国民達のヘイトが、セレンへと向けられた。
「そうだ!お前たちのせいだ!」
「そうよ!」
「どう責任を取るつもりだ!お前たちのせいで、一体何人の人間が死んだかわかっているのか!」
「責任って言われてもなぁ。」
この状況において、一番困惑しているのは傭兵達である。
自分達のリーダーが知らず知らずのうちに水面下で暗躍し、しばらく会わないうちに仲間を引き連れ王国との戦争へと向った。
おまけに、その戦争に駆り出されるわけでもなく、いつの間にか王国きっての嫌われ者扱いである。
その彼らもモンスターの襲撃によって、この場にいるのはセレンとフィナだけだった。
「じゃあ教えてくれよ!俺の娘は!なんで殺されたんだよ!なんで、俺の目の前で喰われなくちゃいけなかったのか!教えてくれよ!」
「……。」
涙を流して膝から崩れるように沈む男を前に、セレンは何も言い出せなかった。
傭兵として生活してきた以上、憎悪が彼らに向けられることは少なくなかった。
それでも、いつもアルベールが何とかしてくれた。
常人が想像もしない方法で、彼が彼なりの方法で何とか切り抜けてきた。
この状況において、アルベールの偉大さと心強さを改めて実感するセレンとフィナ。
心のどこかで今でも頼りにしている自分がいる。
この最悪な状況を作り出した元凶であるはずなのに……。
「誰か!お医者様はいらっしゃいませんか!私の息子が、目を覚まさないんです!」
睨みつけるように取り囲まれた二人が対面する人集りの更に向こうから、女性がそう叫び出した。
頭から血を流した男の子を抱き、一人一人に『お医者様ですか!』『薬か何かありませんか?』などと聞きまわっている。
しかしここに医者がいたとしても、地下水路で手当できるほどの装備やアイテムなどあるはずもない。
そんな決まりきった死が男の子に迫る中で、
「どいていただけますか?」
と、母親の元へ向う直線上にある人集りに言いつけ、誰もが手をこまねく状況に果敢にも首を突っ込む。
「あ、あの!息子は助かるんですか?」
「ええ、恐らく。」
フィナはそう言うと、アルベールから教わった回復魔法を使い傷の治癒へと取り掛かった。
その間誰も言葉を発することもせず、約3分ほどで処置が完了した。
「これで大丈夫です。あとは、なるべく動かさないでください。」
と言い、セレンの元へと戻る。
彼女が執り行ったのは、まちがなく奇跡の所業。
誰もが手をこまねいた最悪に、彼女はわずか3分で収めたのだから。
しかし――
「バ、化け物だ。この女、魔法を使ったぞ!」
彼らには関係ない。
彼らに今一番必要だったのは、批判対象におけるネタだった。
そして、それをここにいる全員の前で行使してしまった。
「すいません、セレン。私のせいでここに居られなくなってしまいました」
「ああ、気にすんなよ。行くぞ」
「はい」
セレンとフィナは地下水路を出て、カゲミツと合流するため動き出す。
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