第13話女心

★★




一一次の朝、酒場兼宿屋である酒場の二階の窓から陽光が漏れ目が覚める。


 階段を下りながら酒場を見渡すと、アルベールが食事をとっていた。


 レナはそのままアルベールの向かいに座ると、ネーゼがちょろちょろと注文を取りに来た。


 アルベールについて来てまで酒場の手伝いをしているのだから頭が下がる。








「ご注文はどうなさりますか?」








元気に注文を取りに来るネーゼに


左手を上げ、いらないと言わんばかりにあしらう。




「かしこまりましたー」






 笑顔で立ち去るのを確認すると、レナはさっそく話を切り出す。






「おはよう、よく寝れたかしら?」








「ああ、よく寝られたとも。




でも、美女の添い寝か膝枕を期待していたのに、そのサービスがなかったのはいただけないな」








「そう。それで?」








 いつものように冷たい態度で、今日何をするのかと訪ねる。








「そうだな。さすがに君が昨日言っていたように、今のままで王国と戦うのは無理だと確信した。そこで、南にあるという小さな森に行こうと思う」




 「それ、どこ情報」




 昨日語った口から出た言葉がそれ?とちょっとばかし文句の一つも言いたくなったが、レナは呑み込んだ。




 「そこの飲んだくれの親父から聞いた」




 本を片手にアルベールが指した方向、酔いつぶれたいかにもダメ人間な親父がいびきをたてる。  




 「とてつもなく胡散臭い情報なのだけれど?」




 「そうかな?」




 「そうでしょ?」




 今までのレナなら怒るか呆れるかしたが、昨日のアルベールを知って無作為に怒ることもしなかった。 




 例えそれについて口にしても、「そうやって見た目で判断するのは良くないですよ」とか、ふざけた理屈を並べ立てるだけだと理解していた。




 「いいわ、続けて」




「少人数ではあるが、森に暮らしている者がいると情報があったのでね」




その情報を聞くだけで、まず人間ではないことは理解できた。


常識的な判断をすれば、十中八九エルフだろう。






「まさか協力してもらおうとでも?」




「そんなところだな。


それに、世間知らずの潔癖エルフに会えるかもしれないのだから行く価値はある」




「……そう。わかったわ」




 少し抵抗されると思っていただけに拍子抜けだったが、さすがにアルベールも空気を読み深くは聞かなかった。








 ★★★








 酒場で食事をとり終えたアルベールは、自室に籠りセカセカと動き回っていた。




 先程レナに話した内容。




 エルフに会うための準備と、それに同行させる仲間を検討していたためだ。




 目的は交渉、大人数は連れていけない。




 メンバーは少数精鋭が望ましかった。




 そこに、コンコンとノックが鳴る。




 古い建物のドアはノックをするだけで埃が落ちる。




 ノックに反応したアルベールが返事より早く扉が開き。








 「少し、いいかしら?」








 と、レナがアルベールの部屋へと侵入する。




 




 「ああ、別に構わないが?」








 「さっきの話だけれど、私も参加しても構わないかしら?」








 「……。」




アルベールはすっと作業をやめ、怪訝そうにレナを見る。








 「なぜだか理由を聞いてもいいかい?」








 「そんなのどうでもいいでしょ?」








 「……。今回は遠征。旅とでも言おうか?正直、私は君を連れていく予定はない。おそらく、君ではついてこられない。王国との往復で足が使えものにならない君では、正直足手まといだ。私、強いては仲間達の足を引っ張ってでもついてくる理由はあるのかい?」








 言葉には一切の優しさはない。




 レナを心配して出た言葉だと解釈するのであれば、これは優しさと呼ぶべきものだ。




 実際、アルベールの口調は柔らかい。








 「……。言いたくないわ」








 少し躊躇い、濁した。








 「死ぬぞ?」








 「別に構わないでしょ?今更誰が死んでも」








 レナの意志は固かった。




 確固たる理由は話さなかったが、今までなかったレナの意志のようなものを感じた。




 そして、今一度理解させられたアルベール。




 あえて強い言葉で脅しにかかった己の愚かさに、少し頭痛を覚えながら苦笑した。




 




 「はぁ。まったく、私はつくづく思うよ。肉体的に男性が強くて良かったと。心と肉体まで上回っていたのでは、いよいよ男の立つ瀬がない」








 いい女ほど決断が早い。




 アルベールの持論である。




 




 「どうも」








 レナは言葉を残し、アルベールの部屋から消える。




 




 一一。




 




 「ふぅー。世の中うまくいかないものだなぁ」








 疲労混じりの一息。




 汚い部屋に置かれた使われた形跡のないベッドを背に、たった今できた謎を解消するための場所へと足を運ばせた。






一一酒場。




 先程とは打って変わって、誰一人客がいない酒場。 


 そこに、テーブルを拭く少女が一人。ネーゼである。


 


 「あらお客さん。また食べるの?意外に食いしん坊さんなのかな?」




 キーッと、ベニヤ板のような扉を開けるアルベールに背を向けるようにテーブルを拭くネーゼは、扉が開いたことを確認すると小動物のようにキュッとそちらへと振り向く。 




 「いやいや、ちょいと質問を一つね」




 アルベールは周囲を見回し他に誰もいないことを確認したあと、ピカピカに拭かれているテーブルに遠慮し立ったまま話し始めた。 




 「もしかして恋のお悩み?いいよー。そのお悩み、私が取り除いてあげる」




 自信ありげに、堂々するさまにアルベールは鼻を鳴らす。




 「それはありがたい。時に、君はなんで私達について来る気になったのかな?」




「違うよ」




「ん?」




「私達にでもないし、ついて行く気になったわけでもないよ」




「すまない。女心がわからないから来たんだ。わかりやすくしてくれると非常にありがたいのだが」




 「君、私達の事もちゃんと見てないでしょ?」


 


 少女から出たその言葉は、アルベールにとっていささか腑に落ちないものだった。


 アルベールは誰であろうがけして見くびることもなければ、卑下することもない。


 いつだって全身全霊で会話を望んでいたからである。




 「そうかな?私は見ているつもりだけど?」




「それが駄目なんだよ。女の子が変わる原因はいつも男の子からなんだから、そこを見てあげないと」




 アルベールの言に明るく返す少女。正直、アルベールには少女が何を言っているのか意味がわからなかった。


いいや、正確には意味はわかる。 


現に、レナがアルベールが引き起こすあらゆる事柄に影響し変化していることも理解している。


しかしながら、彼女が述べているそれはまったく違う何かを指している気がしてならなかった。




「……。」




「君、意外と鈍感じゃない?」




 沈黙し、思考を巡らせるアルベールにまたしても心外な言葉が飛んできた。


 鈍感……私が?




「……。」




 言葉が見つからないアルベールが黙りこくる中で、仕方なく助け舟を出す。




「君はまったく仕方がないやつだなぁ。うーん、そうだなぁ。なんて言えばわかるかな。君が見てるのは、君が知りたい部分だけなんだよ。女の子を、女の子として接してあげてないからわからないだけなんだよ。そもそも、女の子の事を同じ女の子に聞き出そうなんてちょっと無粋じゃなくって?」




「……。」




 アルベールは思わず息が漏れる。呆れと面倒の境目の感情が、図らずも滲み出たような様子だった。




「あ。今、面倒くせーなコイツって思ったでしょ?」




「いや、私は何も」




「わかるんだよ、女の子だもん」




「……。」




 根拠もなく、えらく自信アリげに答える彼女の底知れない傲慢さは、アルベールをさらに困惑させた。


 しかし、彼女が放つカリスマとも呼ぶべきその空気感には思わず首を縦に振らざる負えなかった。


 何より、彼女の言は意外にも的を得ている気がしていた。




「じゃあ、私から一つアドバイス。女の子は面倒臭いよ。特に、女の子になればなるほどね」






 「……はぁ、勘弁してくれ。謎解きに来たのに、謎を増やさないでくれ」




 少し大人びた雰囲気を纏わせ、正解を告げるように言い放った彼女はとても可愛く美しかった。


 そして、その彼女を見てると力が抜ける。


 女心の片鱗とでも言うのか、男には到底理解できない面倒くささに頭が痛くなったからだ。


 


 ネーゼとの会話を終えてアルベールが部屋へと戻ってくると、部屋の扉が開いていることに気がつく。


 アルベールは何か特別力を有しているわけではなかった。


 故に彼が傭兵として生き残るために身につけた能力は、戦闘とは違うところにある。  


 その彼が、数分前にいた自室の部屋の違和感に気が付かないわけがなかった。


 アルベールは気配を完全に絶ち、扉へと指をかけ部屋の気配を探った。      


 しかし部屋の中から気配を感じることができなかった。


 常人がその行為を見れば、普通に扉を開けるまで有した時間と変わりない。 


 自室へと入ったアルベールは、数分前までホコリが舞う部屋とは違う空間に驚いた。ホコリ一つないとまではいかないが、ざっと部屋の掃除をしてくれたような感じだった。


 どうやら、この部屋の掃除を行った人物はアルベールを理解している人間でもあるらしい。


 キレイすぎる部屋が苦手なアルベールのために、あえてそこそこの掃除をした形跡が見えたからだ。


さらに、アルベールはあまり自分の物を不用意に触られるのが好きではなかった。


それを理解してなのだろう。


バックなどのアルベールの私物には一切触れていなかった。


 


「ふぅ。まったく、見かけによらず気が利くな」




 換気のために全開になっていた窓から空気を吸い込み、伸びをするように吐き出した。


 そして、窓を背によりかかり一息をつく。


 すると、バックに見覚えのないアイテムが二つほどついていることに気がつく。


 一つは小包がつけられており、もう一つは手作りのお守りのような物だった。


 






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