第4話裏通り

☆☆☆


 王都の商業通りなだけあってか、往来する人間で溢れかえる。


 


 何か特別なイベントでも行われているのだろうか?


 アルベールは適当に周囲を見回すと、住民達の表情が何やら暗い。


 全員が全員暗い訳ではないが、喜々としている者たちがいる一方で、この場に似つかわしくない表情をしている者達もいるのはいささか不自然であった。


 釈然としないままアルベールは流れに任せ、少し穏やかになると近くの出店へと寄る。


 


 


 そこには花がずらりと並び、色とりどりの様々な花が並んでいた。


 見た限り花屋である。


 アルベールに花を愛でる趣味はない。 


 人混みによって失った体力を軽く回復させるための休憩場として利用しただけだが、少し悪いと思って商品を選ぶ素振りを取る。


 ついでに、アルベールの中で湧いた問いを投げかけた。


 


 「やけに人が多いが、祭りでもやるのかい?」




 チロリと店主の様子を伺う。




 「さてはお客さん外から来たな。


今日はな、平和を願って神様にお願いする日なんだよ」




 店主の厳つい顔から元気よく言い放たれた言葉に、アルベールは住民達の暗い顔が少し過る。


 が、それと同時にもう一つアルベールの中で疑問が湧き上がった。


 普段花を愛でないアルベールが、花を綺麗だと感じたことだ。   


 店主の厳つさが花の良さを引き立てているのか、花の美しさが店主の顔を厳つく見せているのか?


 美女や美少女が花を売った方が売れ行きは良いだろうが、花の単体の良さを伝えるのなら多少厳つい顔のおっさんの方がいいのではないか?


 アルベールは赤い花を手に持ち、店主の目線と共に自分の目線の高さまで持ち上げる。


 店主と花。その両方を見比べ、自分の中で回答を探った。




 「へぇー。やっぱり祭りなんだな。それで、祭りなんだから何かお供えでもするのかな?」




 アルベールの質問に急に言葉が詰まる。




 「どうかしました?私はそんなに変な質問でもしてしまったかな?」




 店主は目だけをキョロキョロと動かし、誰も話を聞いていなかったことを確認すると、口元を手で隠しヒソヒソと話し始めた。




 「いいか、俺以外にそんな馬鹿な質問するなよ。今日はなぁ、悲しみと喜びが混在する日なんだよ!」




 店主は異様な焦り具合を見せた。


 額に汗を滲ませ、周りに聞こえないように口元に添えた手にも尋常じゃない手汗をかいていた。




 「ああ、すまなかった。また来るよ」


  


 アルベールも流石に気を使ったのか、あまり深くは尋ねなかった。


 花を戻し、一言謝罪。


 そのままもと来た人混みの中へと消えていった。


 






 「お、おい!何も買わねえのかよ!」






 「悲しみと喜びが混在する日ねぇ。ふーん」


 


 既に人混みに紛れ込んでいたアルベールには店主の声は届かず、店主が深妙な顔つきで言った言葉を呟き流されていった。


 流された先、商業通りを抜けた住宅街。


 日が当たらないここは少し肌寒い。


 門から通ってきた大通りや商業通りとは明らかに空気が違う。 


 お祭り事に住民達がもっていかれたから、という単純な理由ではない。


 死んだような何とも言葉に困る虚しさがある。  


 しかし、思案を巡らせるアルベールはそれに気づいていなかった。


 店主と別れてから再び住民達の顔色を伺ったり、この国に来た時の妙な違和感の正体を探ることに気を取られていたからだ。


 


 「どうにも嫌な予感がする。


まるで―――――」




 意図的ではなく、自然に静かな方へと歩み進んだアルベールが、居心地の悪いこの場所でようやく答えらしい答えにたどり着くと。


 


 「痛い……痛いよう……」


 


 微かに聞こえる声が、深慮から現実へと引き戻す。








 通常なら聞こえるはずもない弱々しい声だったが、住民達がいないことで雑音が消え届いた声だった。




 「んっ?女性の声?誰かが私を必要としている。さあ助けるぞ!美女か!美少女か!はたまた両方ッ!」




 アルベールはまるで美女か美少女しか助けないような口調で、セカセカと声の主を探す。


 乱雑に配置された家が立ち並び、複雑な迷路のようになっていた。


 多少地形のせいで手間取ったものの、アルベールは見事少女の元へとたどり着く。


 少女は足から血を流し、動けなくなっているようだった。


 




 「来ましたーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!


美少女です!ありがとう神様!私、アルベール・ラファーガは彼女と幸せになります!」




 年端もいかない少女に、下劣な願望を引っさげピョンピョン跳ね回るように少女に近づくと。




 一一「止まりなさい!」




 っと、どこか聞き覚えのある声がアルベールを引き止めた。


 アルベールの後方から影を抜け、腕を組み拝謁させる。




 「まったく……呆れたものね。


貴方見たいな男には、獣性すら抑えることができないの?」




 「君は……先程の」




 アルベールから送られた視線はレナと交差することはなかった。


 レナはアルベールと視線を合わせないように少女だけを見て、アルベールを追い抜き少女の元へ向かったからだ。


 


 「大丈夫よ、どこ怪我したの?」




 アルベールと会った時とは違い、少女へ接する様は声も表情も柔らかになっていた。


 まさに、綺麗なお姉さんが年下の女の子に接する感覚に近い。 




 「君にもそんな顔ができたんだな」




 悪気はなく、むしろ褒め言葉として出てきた言葉。


 住民達が浮かべる自分達の少し未来や現実に沿った顔ではなく、どこまでも冷たく、冷静に世界まで眺望した末の顔つきをしていた彼女が、一人の少女へと手を差し伸べたことに素直に感心していた。


 聡い者は絶望し、人類に呆れ返っているのが世の常。


 彼女の目は、まさにそれだった。


 にもかかわらず、たかが少女のためにここまで足を運んだ彼女へ送った称賛の言葉だった。






 「どういう意味かしら?」




 アルベールの思惑が通じるはずもなく、レナの表情は一瞬で曇った。


 ざわざわっと背筋からくる恐怖が、アルベールになんの躊躇もなく土下座をさせた。


 


 「すみませんでしたあああああぁぁぁぁぁぁぁああ!」


 


 何か嫌な経験でもあったのか、アルベールはとてもとても綺麗な土下座をしてみせた。


 腕は90度に曲げられ、地面に額を付けた土下座。


 小さく纏まって土下座というよりも、全身全霊の土下座だった。




 「ほら、傷を見せてみなさい」




 ギロリと鋭い目つきでアルベールを見つめたあと、少女に怪我を見せるように促す。




 「うん」




 少女は擦りむいた足を見せると一一レナは驚愕する。




 「っ!?傷が……………」




 「どうかしたのかい?」




 「傷が……………なくなっているのよ」




 ありえない。こんなことあるはずがなかった。レナが少女を見つけたときには、確かに膝から出血していた。


 しかし、少女の膝からは出血どころかその痕跡すら見当たらない。




 「ああ、そのことか。先程、私が治しておいた」


 驚愕するレナの背後で、パンパンと服の汚れを払いいとも簡単に暴露した。


 常人がこんなことができようはずもない。


 魔法という概念が人間に受け入れられていないこの世界で、彼がそれを口にするということが何を指すかは明白である。


 






 「治した……………どうやって?


貴方、一体何者なの?」




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