テイルズ オブ リバティ

アッシュ

第1話 トリガー

 大人になるにつれて、自分らしさを見失ってきた気がする。私の名前は、青砥未来あおとみく。好きなことを追求していた幼少期が懐かしい。たとえば、100年後の乗り物について好きなだけ空想をめぐらしたり、それを絵に描いたりしていた。強みとは何かなんて難しく考えなくても、自然と得意なことに没頭できていた。なのに、知らず知らずのうちに、この社会の常識に流されていく。いつしかそれは、しがらみとなり、働く意味を分からなくさせるのだ。


    ◇◇


 ここは、ファブリキストコーポレーション。人気企業ランキングで常連のグローバル企業である。インターン枠で他の学生に先駆けて内定が決まり、喜んだのもつかの間。いざ入社してみれば、周りはデキる先輩ばかり。仕事のレベルも高すぎて、すっかり自信をなくしてしまった。それでも一刻も早く成長したい一心で、早朝出社を続けている。

「おはようございます」

いつものように挨拶すると、上司が背中を丸めて仕事をしていた。

「おはようございます」

とかすれた声がした。貧乏ゆすりをしながら、時々「クソッ」と舌打ちしている。この上司、今までに何人もの部下をメンタル不調に追い込んだことで有名だ。先月も一人辞めた。部下を叱責する光景は日常茶飯事なので、課員は戦々恐々としている。


    ◇◇


 優秀な後輩たちがうちの課に配属された。「新人に負けないように」とハッパをかけられる。プレッシャーからミスが多くなり、部下指導の口実ができあがる。

「この資料で何が言いたいのかサッパリわからない」

「こんなカンタンなこともできないの?」

「少しは先輩たちを見習ってよ。何のために早く出社してんの?」

「あなたのオリジナリティは何なの?」

ついに悟った。上司の新たな標的は、私だ。


    ◇◇


 夏休みに帰省した。有名企業への就職を喜んでくれた母を心配させまいと笑顔を取り繕ったが、うまく隠せている自信はない。

「仕事大変そうだけど、しっかり睡眠とってね。あ、そうそう……はいコレ。ポイントで買ったから気にしないで。ライフログ機能がついてて便利よ」

もう腕時計は持ってるから、と今まで買わなかったスマートウォッチ。ベルトの色が私好みだったので、使うことにした。


    ◇◇


 子どもの頃からお気に入りのゲーム音楽を聴くことで、自身を鼓舞しながらなんとか出社した。休み明けだというのに、さっそく稟議書を作らければならない。

 意を決して、作成書類に上司のハンコをもらいに行った。入念に確認したはずだが誤植があったようで、課員全員に聞こえるように怒鳴りつけられた。ネチネチと続く説教。そして、

「オレは怒りたいから怒っているんだ!」

と上司が叫んだ。私は限界に達し、周囲がグラグラと横揺れし始めた。え、地震?

その瞬間、左手首につけていたスマートウォッチがまばゆい閃光を放った――

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