消失呪印のラディーレン

アヴィ丸

第1話 刻印の儀

「イレイズ・レーエン前へ」

「はい」


 司祭に名前を呼ばれ水晶の前へ向かう。部屋の中央に巨大な水晶が鎮座するこの教会は、首都ゲシュテンフェルト。刻印と呼ばれる、神から授かれる特別な力を体に刻み込む技術が発達した街だ。


 そこでは7歳の誕生日を迎えた日に刻印の適性を検査、適性があれば水晶から体のどこかに刻印が刻まれる。

 白髪のツンツン頭のイレイズ・レーエンもまだ肌寒い冬に誕生日を迎え、新たに刻印を授かろうとしている。雪の降る日に生まれた白髪の少年、両親は雪のように綺麗だねと毎年この時期になると語り掛けてきた。

 刻印の儀を迎える年になっても過剰に愛情を注がれることに恥ずかしさを覚えていた。

 しかし、これからは刻印の力を鍛え、愛情を注がれた分立派になろうと将来に思いを馳せながら水晶への階段を上る。


「イレイズ・レーエン。7つの歳を迎え清い君に神から贈り物がある。心して受け取るように」

「はい!」


 水晶の近くに立っていた司祭が階段を降り、僕だけが残る。


「では始めよう。イレイズ・レーエン水晶へ手をかざせ」


 何度も観覧席から刻印の儀を見てきた僕は迷うことなく、同じように真似をした。

 今度は刻印を受け取る側として、両親が僕の変わりに観覧席にいる。誕生日だからと仕事を休むような少し残念な両親だが、僕にはそれがたまらなく嬉しい。

 いい刻印を受け取り両親に真っ先に自慢しよう。期待に胸をふくらませて刻印の時を待つ。


「……っ!」


 水晶から甲高い楽器のような音が鳴り響き、中心から幾何学模様が溢れだしてくる。神の言語らしく研究は進んでいるが解読できた人は誰もいない。

 僕も読めない文字がとめどなく溢れる様子を呆然として眺めていた。どんな刻印が貰えるのだろうとワクワクしていた気持ちよりも、神の領域に足を踏み入れたせいかそんな子供らしい気持ちはどこかへ消えてしまった。


「ん? なんだろあれ」


 空を舞う幾何学模様の中に一節だけ読める文字があった。今まで眺めていた刻印の儀では1文字たりとも読めたことがなかったのに。

 あの文字が僕の適正のある刻印なのだろうと直感的に感じ取った僕はその一節を紡いだ。


「ラディー……レン」


 バシュ! と甲高い音の代わりに音が集約し水晶に触れている僕の手が発光する。水晶の光が収まるまで手を離してはいけない。刻印中の神の御業と現実の狭間に引き裂かれるからと。

 事前に受けた恐ろしい注意を思い出し、体が軋み、腕を持っていかれそうな凄い圧力を受けながらも手を水晶に近づけ続ける。指先が酷く熱い。


「はぁ……、はぁ……」


 光が収まるまでものの数秒だったのか数分だったのか、時間も分からなくなるくらい神秘的な体験をして僕はその場に座り込んだ。

 精神的にも肉体的にもすごい疲労感だった。今まで刻印の儀でへたり込む人はいなかったが、これは立っていられない。せっかく刻印を受け取って喜ばしい時なのに格好がつかない。

 右の指先にはラディーレンと読めた幾何学模様と同じものが刻まれている。恐らく見間違いでなければラディーレンという刻印なのだろう。刻印の力が何か気になるが背後から聞こえた声に、その思いは1度かき消される。


「イレイズ!」

「おかあさん……」


 刻印が終わってへたりこんだ我が子を心配して母親が階段を駆け上がってくる。

 僕の目の前に来てへたり込む僕を思いっきり抱きしめた。

 

「よく頑張ったわね……。立派な刻印を貰えて母さん嬉しいわ……!」

「そんな、大袈裟だよ。あ、そういえば僕見えたんだ」

「何が見えたの?」


 思いっきり抱きしめてくるものだから僕も抱擁を返してしまう。

 指先に刻まれた刻印がどんな能力なのかも知らずに。


「刻印の文字でね、ラディーレンって」


 腕を背中にまわし抱きしめる。当然手は母の背中に触れる。

 その瞬間、僕を抱きしめる母の力も、僕が抱きしめた母の体も匂いも温度も存在そのものが。


 ぱしゅっと軽い水音を立てたかと思えば、消えた

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