第5話 動画公開中 https://youtu.be/t-7FrM7h28M
彼女はじゃぶじゃぶと砂地から入江に降りていき、あっという間に顎の下までを海の中に浸した。彼女の鼻先を、二メートルほどの大きさのゴンドウクジラがゆっくりと回遊しているのがはっきりと見えた。
彼女は海中でそっと手を伸ばした。
ゴンドウクジラは頭の先を彼女に向けて、その手に触れた。まるで挨拶を交わすみたいに。
『―すごい友達だな。』
僕はテトラポットの上に座り込んで息をついた。
『わたしと同じくらいの女の子だよ。』
彼女は僕の方を見て、手をあげた。すると回遊していたはずのゴンドウクジラは、彼女のお尻を頭で突いた。彼女は、きゃっ、と短く悲鳴をあげた。
『おい、大丈夫か?』
僕は身体を乗り出して訊いた。
『こらあ、ほんまにいたずらっこやわあ。』
彼女は大袈裟に頬を膨らませて、海の中の灰色の影を睨んだ。
『危なくないか?』
『このコ、じゃれてるだけやから。』
彼女はにこにことした表情で答えた。それから大きく息を吸い込むと、静かに潜水した。
入江は奇妙なくらいに静まり返った。
その静寂の中で、思わず僕までが息を止めた。そして、入江の海面に浮かぶ彼女のかたちをした影が、若いゴンドウクジラの影と踊るのに釘づけになった。
静謐を護る海の中で、彼女たちは自由気ままにふざけあい、心愉しいリズムで踊り続けた。彼女が海の中で方向を変えると、それにあわせてゴンドウクジラも大きな身体を回転させ、彼女の後を追いかけて泳いだ。それはまるで、広い公園で元気な犬と女の子がボールの取り合いをしているような光景だった。
彼女は時折、息つぎのために海面に顔をだした。
そのたびに、彼女の笑顔のまわりで、銀色の水飛沫が火花のように輝いて散った。
『おーい、ヨシダ君!』
彼女は歌でも歌うように、僕の名前を呼んで手を振った。
『クジラ、生まれてはじめて見た!』
僕は興奮して叫んだ。
『うそやあ。』
彼女は愉快そうにけらけらと笑った。そしてまた海の中にとっぷりと頭を沈めた。
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