第一章(3129回目)

『一日目』

   第一章 一日目


 何処か東の国で霧の魔女が死んだと聞いた。私にとってそれは、飛び上がる程に嬉しい事のはずだった。

「おはよー、お父さん」

 渦を巻いた天井の木目。吸い込まれる様な模様を見上げて目を覚ます。

「昨日戦争が終わったんだって」

 声は返って来ない。そんな事わかってる。それでも毎日話し掛けて来た。こうしてでも居ないと、自分の声も、言葉も、人との心の通わせ方も忘れちゃいそうだったから。

「戦争が終わったんなら、お父さんは帰って来るよね」

 お父さんが徴兵に行って二年、私はずっと一人ぼっちだった。私はお父さんみたいに人と上手に関われないから、みんなのお顔を見ると、何て話したら良いのか、悪く思われているんじゃ無いかなって思って、声が一つも発せなくなる。上げていた顔がだんだん下を向いていって、私に構ってくれていた村の人たちも遠ざかっていった。

「お腹が空いた」

 お腹が鳴ったから、台所に向かった。だけど何処をひっくり返しても何も出てこない。備えの食料は一つだって無い。けれど悪いのは私だ、食料がないのだって当然だ。この村はみんなで分担して自給自足の生活をしてる。何もしていないのは私だけなんだから、何も貰えないのは当然の事だってわかってた。別に私は誰の事も恨んじゃいない。そんなの調子がいいって私にだってわかる。悪いのは全部私。仕方が無いので、桶に溜めた雨水をひとすくいして空腹を紛らわす事にした。

 外でしとしとと雨が降り始めた。暗く冷たいじっとりした雨が……

 窓際に立ったタイミングでまたお腹が鳴った。昨日だって小さい芋の一つしか食べていない。お腹と背中が引っ付きそうで、もうどうにかなってしまいそうだ。

「お父さん、帰って来るんだよね……本当に」

 薄い雲に覆われたグレーの空を見上げていると、なぜだか不穏な感覚に支配された。震える掌で額を抑え、窓ガラスに反射した青い両眼を真っ直ぐに見る。

「お父さん、帰って来る、よね。そうだよね、そうだよ……でもなんでだろう、こんな風に思うだなんて」

 私の心が荒んでいるのだろうか? 言いようの無い不安が、この雨雲みたいに心を覆って離れない。――どうして私はお父さんが帰って来る事なんて無いって、まるで確信でもするかの様に感じているのだろうか。

「そんな筈ないもん、お父さんは私を迎えに来るんだもん」

 淀んだ私の目にはもう、唯一あった希望さえ見えなくなってしまったのだろうか? 

「お父さんはこんな世界から私を、助け出してくれるんだもんっ」

 ふらつく足で家を飛び出す。


   *


「とうもろこし……」

 裏通り、家の軒先に大好きなとうもろこしを並べるイリータを見つけたから、木陰に隠れながらそれを窺った。今日は終戦を祝う夜会があると言っていた。村のみんなで食料を持ち寄って酒場でパーティをすると聞いたけれど、これはその準備なんだろうと思った。ギラつく私の視線が、無防備に並べられたとうもろこしの一本へと向かう……少し位なら、心の悪魔が私をそそのかす。

「……悪い事をして、ごめんなさい」

 これがいけない事だってのは理解してた。……でもこうでもしないとこの空腹を抑える事が出来なかった。他にどうすれば良かったか私には考え付かなかった。

 ――けれど懐に一本のとうもろこしを仕舞い込みながら振り返ったその時だった。

「リズかい? なんだいこんな所でコソコソして」

「ひ……っ!」

 すぐ背後で腕を組んでいたボナに驚いて、私は短い悲鳴をあげていた。

「なんだいなんだい、人を化け物みたいに」

 険しい顔になっていく彼女が恐ろしくて、私は泣き出しそうになりながら逃げ出した。けれどすぐに大きな樽につまづいて転んでしまった。無様につんのめって懐に隠していたとうもろこしが転がった――

「あーあ、こんなに散らかして、これから夜会の準備があるって言うのに、どうするんだい」

「ご、ごめんなさ……ぃっ」

「どうしたんだいこの騒ぎは……あれリズか? なんでアンタうちのとうもろこしを……」

「あっ、聞いてくれよイリータ、この子がね……」

 騒ぎを聞き付けて集まり始めた村の人たち。うつ伏せに倒れ込んだ私は、無数の目に見つめられて震え上がってしまった。……すると聞こえ始める――

「魔族の娘……」

「きっと食料でも盗みに来たんだ」

「卑しいねぇ、父親のバレンは良い奴だったのに」

 竦み上がった私は身動きの取れないまま、周囲を取り巻き始めた声を聞き続けるしかなかった。

「自分だけ何の手伝いもしないで」

「この子は魔族だから……」

 やっとの思いで耳を塞いだけれど、何故だか心無い声は私の耳に届き続ける。ゆっくりと起き上がり始めた私は、四つん這いの姿勢で顔を上げる。するとそこには悪魔のような顔をした女たちの形相があった。

「……っ」

 でも私が一番怖いと思ったのは、そこに並んだ恐ろしい面相なんかでは無かった――

「ごめんなさい」

 本当に怖いと思ったのは、あらゆる悪口を前にしても、なぜか心も揺れ動かなくなっている自分自身の氷の心だった。まるで何百回も、何千回も、同じ事を言われ続けて来たみたいに右から左へ流れていくだけ。何も感じない、何も思わない。それなのに――

 ……怖くもないのに、悲しくもないのに、なぜだか涙がこぼれていた。

「アンタ、大丈夫かい?」

 さっきまで私を罵っていたイリータが、眉根を下げて何度も瞬きをしながら私に手を差し伸べていた。どういう心変わりなのだろうか、異様に思える彼女の感情を不気味に思いながら、涙を拭った私はその場を走り去った。そこに転がったとうもろこしを拾い上げるのも忘れて――

「どうしたんだい、怪我してるんじゃないのかい、リズ!」

 イリータの、村のみんなの声がする。


   *


 雨が強くなって来た空の下を俯いて歩き続けていた。濡れるのなんて気にしない。私が選ぶのはひと気の少ない細い路地ばかり。暗い道を渡り歩いて、畑から食べ物を盗んで家に帰る。まるでネズミみたいだ。それとも薄汚い魔族には似合いの姿だろうか?

「お父さん、ごめんなさい。私悪い子になっちゃったみたい」

 ……お父さんと一緒に過ごしていた頃は、世界はこんな風じゃ無かった。こんなに灰色では無かった。

「……私、どうにも出来なくて、何にも知らないから、どうすれば良いかわかんなくて、どうやって生きれば良いかもわからなくって」

 涙でむせ返りながら誰も居ない路地で雨に濡れる。誰に聞かれる訳でも無いから、思い切り鼻を啜って咽び泣いた。

「迎えに来てよお父さん……私もう嫌だよぉ、苦しいよ、お腹空いたよぉ、助けに来てよぉ」

 私をここから連れ出して、世界を変えて――ねぇ、お父さん。

「うぁ……ぁぁ、ぁぁ、わぁぁあ……っひ……っ」

 打ち付ける雨音に、私の悲鳴は掻き消される――筈だった。

「……誠に妙だな。私が、こんなにも不合理な選択をすると言うのは」

「――え、ぁ……誰?」

 普段誰も利用しない草の伸び切った裏道。そこに一本そびえた大樹の幹の窪みの所で、異様な男が長い手足を抱え込みながら座っていた。すぐに立ち上がった彼を私が真っ赤に腫らせたまぶたで見上げていくのを、白く無機質な仮面はただジッと見下ろす様にしていた。

「私はイルベルト。東の果てより来た、魔導商人だ」

「東の果て? 魔導商人?」

 今日初めて出会った筈の手足の長い怪しい男。赤黒いシャツの派手な模様が雨に濡れててらてらと輝いている。焦茶のハットに何処か気品のある風体、腰に下げた曲刀……明らかに怪しくって、少し笑った感じの仮面が怖いと思った……なのに不思議と私の警戒心は余り反応しない。臆病な私にとってこんな事は初めての感覚で……なんと言うのだろう、むしろこの人の放つ心地の良い雰囲気に、安心感を覚えているみたいだった。さっきの泣き顔を見られて恥ずかしいという気持ちはあったけれど、私はいつもみたいに逃げ出そうと思わないでいた。

 強まる雨の中で、私は充血した眼差しで怪しい男と見つめあった。

「アナタ、今日この村に来たの?」

「ふぅむ……」

 私の話しに適当に相槌を打ったイルベルトは、頭上のハットをひっくり返して肘まで腕を突っ込むと、ガサゴソ何かを取り出して私に突き出してた。

「ん……」

「え、これとうもろこし、何処に入れていたの? それに、まるでさっき焼き上げたみたいな焦げ目がついてる!」

 彼がハットから取り出したのは、なんと湯気の立ち上る焼きとうもろこしだった。その帽子のどこにそんなスペースがあったのか、それに今焼き上げたかのようなこの香ばしい匂い、突然の手品にもてなされた私は思わず笑みをこぼしていた。

「私にくれるって言うの?」

「……他にどう意味があると?」

「ありがとう……」

 受け取った黄金色の輝きを前に、私のお腹が鳴っていた。この空腹感に任せて思い切りかぶりつく。

「んんっ! んんん〜〜っっ」

「そうか、旨いか」

 仮面の商人は自分の腰程までしか無い小さな私を見下ろしたまま、顎に手をやってさすっていた。私はなんだかこの不可思議な男に興味を抱いているみたいだった。

「どうして私に良くしてくれるの? 今日初めて会ったのに」

「本当に、何故だろうな」

「……?」

 無我夢中でコーンを頬張りながら、私はお行儀悪く彼の足元にコーンを飛ばす。リスみたいに芯を回していると、ふと疑問を浮かべて口に出していた。

「どうして私の一番の好物を知っているの?」

「……さぁ」

 とうもろこしを完食した私は、不思議な事ばかり言うイルベルトに首を傾げる。すると突然彼の鋭い指先が私の顔に影を被せ――

「付いてるぞ」

「ん? あぁ、ありがとー!」

 頬に付いたコーンを指摘すると、彼はハットを頭に被り、向こうの空へと視線を投じた。

「ねえねえどうして私に優しくするの? あっ、でも大変、私は魔族だから、こんな所を見られたらアナタも村のみんなに虐められちゃうわ」

「私も魔族だ」

「えっ?!」

「それがどうした。そんなものは、キミの暗い心がもたらした幻影に過ぎない」

「げんえいって?」

「……」

 私に見つめられたイルベルトは、頬を掻いて気まずそうにしていた。そうしてまたそっぽを向く。

「私とした事が、ルールを少し破り過ぎてしまったようだ」

「ルールって?」

「……少女よ、キミは質問ばかりだな」

 それだけ言って、イルベルトは私の元を立ち去ろうと歩み始めてしまう。

「え、何処に行くの? 待ってよイルベルト、私まだアナタにお礼をしてないわ」

「必要ない。本来出会う筈の無かった者が出会ってしまっただけなのだから」

 待ってって言ってるのに、足早に歩んでいってしまうイルベルト。

「待ってったら」

「さらばだ」

「待ってって言ってるじゃない」

「……」

「待て――ッ!!!」

「――ッぐぅぉァアアア!!?」

 気付くと私は、イルベルトの背に飛び乗ってうつ伏せに引きずり倒しているのだった。こんな大胆な行動を起こす自分にもギョッとしたけれど、それよりも先ず、私は足元の男に伝えたい事があったんだ。

「私、アナタを知っている気がするわ!」

「このじゃじゃ馬娘め、親の顔が見てみたいものだ」

 泥水に頭から突っ込んだイルベルトは溜め息を吐いて起き上がると、ぐしょ濡れになった衣服を叩いて泥を落とした。そうして仮面の泥を拭い、こう言った

「私もいよいよ、焼きが回った様だ。私自身の行いで、この様なイレギュラーを引き起こしてしまうとは」

 うずくまって頭を抱えたイルベルトは続ける。自分で放った単語を驚いた様子で繰り返しながら。

? これはどういう事なのか、傀儡パペットが自我を持つ事などありえない筈であるのに、何故……」

 また訳のわからない事でウンウン唸る白い仮面。パペットって操り人形って事かしら? よくわからないまま、私は深く考えずにイルベルトに声を返す。

「簡単じゃない。アナタが傀儡じゃないって事よ」

 仮面の向こうのエメラルドの眼光がゆったりと持ち上げられて来て私を凝視し始めた。そして彼は自分の掌を見下ろして、開いたり閉じたり、その感覚を確かめるみたいにしてから、まるで驚いたみたいに言い始める。

「私が、傀儡じゃない……?」

「そうよ、アナタはアナタ、イルベルトじゃない」

「私は……ワタシ?」

「そうよ、だからアナタはルールを破ったんでしょう? それが何なのかを私は知らないけど、きっと自分の意見を持っているからそうしたのよ」

……」

「そう、本当の自分が、そうするべきだって思ったからアナタはそうしたの、きっとそうだわ」

 腕を組みながら深く考え込んでしまったイルベルト。偉そうな事を言ってはいるけれど、私は彼が何にそんなに悩んでいるのかさえまだわかっていなかった。しばらくすると彼はぶつくさと繰り返し始める。

「いややはり、何も思い出せない。……だがそれがそうしたと言うのか、この舞台の主役はやはりキミたちであって、私などという存在はやはり、取るに足らない黒衣くろごに過ぎないのだ」

 何だか開き直ってしまったらしいイルベルトが、背すじをピンと伸ばしていった。私は立ち去ろうとする彼を今度は静かに見守る事にした。彼の声はなんとなく晴れやかになっていた気がしたし、また失礼な事をしてしまう気もしたから。

「行っちゃった。何だか不思議な人だったわ」

 イルベルトが路地を立ち去って行ったのを見守り、一息ついた私が彼の歩んでいったのと反対方向、つまり来た道を戻って行こうとしたその時だった――

「リズ……?」

「ぁ……」

 暗闇の向こう、濡れた草花の向こうから路地に立ち入って来た少年と目が合っていた。

「レイン? なんでこんな所に」

 灰色の瞳が二つ、暗がりに灯って近づいて来た。

「卵の運搬を終えたからちょっとだけ遊んでたんだ。でも雨が強くなって来たんで裏道を使って家まで近道して帰るとこ。リズは?」

 気さくな感じで話し掛けてくるレインは、嬉しそうに歯を見せて笑っていた。彼にここで会えたのはイルベルトと話し込んでいたからだと思った。だっていつもなら私はこの路地をものの数十秒で通り過ぎてしまうんだもの。彼が私を呼び止めなければ、レインとはここで出会わなかった。そんな奇跡に見舞われたのに、愚かな私は赤くなった目を見られるのが恥ずかしくって、その場を走り去ろうとする。

「あっ、リズ!」

 なんて言ったら良いのかよくわからないけれど、私は恥ずかしい姿をレインに見られるのだけはどうしても嫌だった。この村で、彼だけは私に微笑み掛けてくれるから、私も彼を心配させたく無かったんだ。

 ――でも、本当にそれだけなのだろうか? 彼を見ていると、何だか他の人には感じない妙な感覚に満たされるのを私は感じていた。

 赤く染まったこの顔を、彼に見られていないかが心配だった。


   *


 家に帰った私は、濡れた服を着替えてお風呂に入った。湯船に浸かって今日を振り返る。……少しはマシになった空腹感。けれどその代償に怖い目にもあった。

「明日はどうしよう。明日もこんな事をしなくちゃいけないのかな?」

 人の物を盗む事なんて本当はしたく無かった。だけど家に食べ物は何もない。……今頃みんなは、夜会でご馳走でも食べているのだろうか? どうして私だけ……こんな事なら、いっそ死の霧が村に流れ込んでそのまま―― 

「ぅぶぶぶぶ……」

 湯船に沈んで、良くない事を考えようとした自分を懲らしめる。それからお風呂を出た私は、またお腹が空いてしまう前に、眠ってしまおうと考えた。

 寝巻きに着替えて大きなベッドに大の字になった。天井に見える渦の木目の元にまた戻って来たんだ。こうやって繰り返す、ずっとずっとこうやって、いつまでも……色の無い毎日を。

 ……しばらくすると、二十二時の消灯の鐘が耳に届いた。今日は眠る事が出来ないかも知れない。私を取り囲んだ村人たちの顔と、罵る声が頭から離れない。明日への不安に胸が押し潰されそうになる。

 ――『そんなものは、キミの暗い心がもたらした幻影に過ぎない』

 なんでかな、こんな時に私は、イルベルトの言葉を思い出していた。どこかで出会った事のあるみたいな不思議な雰囲気の彼の事を。

「お父さん……会いたいよう」

 どうしようもない位に寂しい気持ちになって、私は唱え続けた。お父さんはいつだって私を助けてくれた。私に優しく微笑みかけてくれた、なんだって叶えてくれたんだ。

 閉じた瞳の向こうにお父さんの姿を思い描く……

「あれ、なんで……?」

 どうしてかな、昨日までハッキリと思い描けた筈のお父さんの顔が、今はもう曖昧にしか思い出せない。

 思い描けたのは、霧がかった様に顔のない、不気味な男だけだった。

 私はまた泣いた。唯一ある大切なものまで消えてしまいそうなのが怖くて、それが堪らなくって……

 ――そんな時の事だった。

「……なに、この音」

 どこか外の近くで、けたたましく鳴り始めた鈴を打ち合わせる様な物音に私は飛び起きる。枕元に置いていた蝋燭台を一つ持ち、へっぴり腰で耳を澄ませながら音の方角に進んでいく。やがてその不可解な音が、離れにある地下のお父さんの寝室で鳴っている事を突き止めた私は、意を決して地下へと続く重い扉を開いた。

「なにこれ……花なの? 一人でに動いているように見えるけれど……」

 お父さんの机の上に置かれた見覚えのない鉢の中で、銀色の蕾が葉や茎をうねらせて音を立てている。

「夢、だよね、はは……だってこんな事って」

 摩訶不思議な植物に歩み寄り、私がその花に触れた瞬間だった――

「ぁぁッ――?!!」

 私の頭を駆け巡ったイメージが、彼らと共にもがいた日々がしていた――

 衝撃的な閃きと、確かな現実感に骨を抜かれた様になった私は、彼の声とその時の記憶を思い起こしていた――

 ――『一緒に行こう…… 』

「この……記憶……は? レイン……?」

 嬉しかった言葉、温かった彼の掌、男の子からの初めてのプレゼント、秘めた彼への気持ち……

 知っている、私は知っている。とても信じられないこの村を巡る衝撃の真実。私たちを取り巻いたこのの事を!

「……その証拠に私は、この蕾が薄紅の大輪を開くと知っている」

 側にあった魔法瓶の水を注ぐと、魔草は音を立てるのを止めて、私が言った通りの華麗な花びらを開いた。

「どうして私たちは、全部忘れて……っ」

 世界がひっくり返ってしまいそうな衝撃。どうして私たちが全てを忘れているのか、肝心な事は思い出せないけれど、記憶のピースは頭に蘇ってくる。

 ……確かに一つわかるのは、この真実をレインに伝えなければならないという事。

 頭を走った電撃を整理していると、やがて石の壁が大破する様な振動を覚えた。そして、大切な両親の指輪が無くなっている事に気付く……

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