第110話 王として

ムツキは家族の時間を過ごして、女性達が仲良く風呂に行った頃に、シュナイゼルに今日の出来事を打ち明けた。


シュナイゼル達も勿論侵入者がいた事に気づいていない。


賊が貴族と口にしなければ内密のまま衛兵に突き出して終わりにしていたであろう。


ただ、貴族となると衛兵につきだしていいものか。なんのお咎めもなく出てこられたらまたちょっかいをかけてくるかもしれない。


なのでシュナイゼルに今後の対応について相談したのだ。


シュナイゼルはまずはどこの貴族であるかの確認が必要だと言い、明日の朝にたまに見に行く事になった。



そして翌日、朝からムツキとシュナイゼルは賊をとらえてある宿へと向かった。


一晩立っているのでもう目覚めている様で、部屋に入ると猿轡をはめた口で何かを言っているのは「んーんー」とうなっていた。


シュナイゼルは犯人の1人の顔を見て貴族の名前を出した。


「オスカール男爵か……」


ため息が出そうになるのをグッと堪え、ムツキに向かって頭を下げた。


「ムツキ、申し訳なかった。これはエクリアの貴族だ」


頭を下げるシュナイゼルに、ムツキは反応を返さなかった。


この話は簡単に許してはいけないのだと分かる。


今後この様なことが起こらない様に対策をしてもらわなければいけない。


エレノアの家族ではなく、エクリア帝国の王として、ムツキの傘下にいる国として、信頼を取り戻さなければいけない。なあなあにしてはいけない案件なのだ。


「オスカール男爵は派閥内でエレノアの婚約者候補と言われていた男です」


ムツキの手がピクリと反応したが、シュナイゼルはその事に気付かずに話を続ける。


「この件について前後関係をキッチリと調べ上げ、今後この様なことが起こらない様にさせていただきます」


シュナイゼルの言葉に、ムツキは昨日の晩に晩酌の酒を注いだ時の様な優しい返事はしない。


「失望させないでくださいね」


語尾が強くならないのはムツキの癖なので仕方がない。


ムツキの言葉を聞いて、シュナイゼルはすぐに待機させていた兵士を呼びつけると、オスカール男爵と他2名を護送用の馬車に乗せて、滞在の期間を大幅に切り上げて帝都へと帰って行った。


ムツキはぶつけようの無い怒りを堪える為に手を握りしめた。


王ではなく、エレノアの父親として家族団欒を過ごすシュナイゼルの笑顔はこの事件によって奪われた。


家族を思い、いつかは第二夫人や他の家族も呼んで団欒したいと言っていた優しい父親の顔を見てしまったから、完全ではないとはいえその幸せな時間が奪われた事に憤りを感じる。


しかし、この件はシュナイゼルに任せたのだ。


ムツキができる事は何もない。


モヤモヤした気持ちを胸に閉じ込めながら、ムツキは家へと帰る道を歩む。


帰った後に、シュナイゼルが急用で帰ってしまったと言う悲報をつげる役目が残っているのだから。

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