間話 交渉

馬車に揺られて数週間、トリエはドラゴニアの王都にたどり着いた。


とは言っても、広い城下町で目的の人達に出会えるのはどの位の確率だろうか?


「トリエ、その格好でいいのかい?」


トリエの夫であるミール男爵はそうトリエに質問した。


トリエの格好は、農作業用のモンペではない物の、平民と変わらない普通の服装であった。


それも、スカートではなくパンツスタイルである


ミール男爵は、せっかくドラゴニアにいくのだから、嫁入り前に着ていた貴族の服を着るのだと思っていた。


しかし、トリエが選んだのはミール男爵の母、つまりはトリエの義母のお下がりで、始めて来た日に「スカートなんか履いてたら歩きにくくて仕方がないよ」と渡された服装であった。


農作業がない日でも、この城下町の様にレンガが敷き詰められた道ではなく、土が踏み固められた道で、畦道では雑草に足を取られるので、トリエはこの服を着る事が多い。


「今更気取っても仕方ないのですわ。わたしの現状を見せて暮らしぶりを見せないと信用もしてもらえませんもの」


ミール男爵はその返事に無言ではにかんだ。

出会った頃から勝ち気ではあったが、その頃と比べて、トリエはいい意味で変わったのだから。



二人が馬車を降りると、ミール男爵はトリエの手を引いて、ある場所に向かった。


罰を受けた者達は、家族の支援も禁止されている。


その為、全員に監視が付いており、場所は特定されている。


トリエには辛い現実になるかも知れないが、トリエが自分の意思で決めた事なので、ミール男爵は、アグニール王に聞いた場所を順番に巡るのであった。



一人目は、娼館で働いていた。


まだ陽が高いので、娼館は営業前で、アグニール王の口聞きで、娼館の主人に面会の時間を貰ったのだった。


トリエとミール男爵が娼館に訪れて、言われた部屋で待っていると、少しやつれた、ネグリジェの様な薄い服を纏った少女が部屋へとやって来た。


彼女は、元伯爵家の娘である。


下着の様な姿で登場したかつての友人に、トリエは顔を赤くして変な声を上げた。


「生娘でもあるまいし慌てすぎじゃない? 旦那も連れて王女様が面会を求めてるって聞いて笑いに来たのかと思ったけど、その格好、トリエ様も落ちたものね」


伯爵家の娘はそう言ってトリエの事を鼻で笑った。


「それで、そんなダサい格好で何の用かしら?」


以前のトリエなら、自分の格好を馬鹿にされた事に腹を立てただろうが、今はそうはならなかった。


「あなたに提案があって来たの。ナーレさん、フィールダー領に来ない? 貴族の生活と違って農作業の毎日だけれど、慣れれば楽しく____」


トリエの話の途中でナーレと呼ばれた元伯爵家の娘はバンッと大きな音を立ててテーブルを叩いた。


「ふざけんなよバーカ!自分が土に塗れて惨めだって仲間に誘いに来ただ? 私はここで貴族の客を捕まえて妾になって貴族の暮らしを取り戻すんだ!惨めなお前と一緒にするな!勝手に哀れに思うな!」


ナーレは怒り叫ぶと、勢いよく部屋を出て行ってしまった。


トリエは、拳を固く握って、歯を食いしばり、ショックで涙が出そうになるのを堪えた。


優しく無言で、肩を抱いてくれたミール男爵の温かさを感じて、泣きそうな誘惑にかられたが、必死に耐えてみせた。


そう、現実にトリエがやろうとしている事は同情だ。


貴族のプライドが捨てられない彼女の心には言葉が届かなかったのであろう。



次に向かったのは、スラム街であった。


スラムではドラゴニアの騎士達が待っており、その騎士達に付いてある場所に向かった。



スラムの奥で待っていたのは、シカムとヤリーシャであった。


「本当に、トリエ様が来たぜ、騎士達の戯言じゃなかったんだな」


「ほんと、いきなり騎士が現れるから捕まって留置場にでも入れられるのかと思ったわ」


2人に貴族の頃の言葉遣いはなかった。


「で?トリエ様はなんのご用事で?」


シカムが、そうトリエに質問した。


「私は、この半年程農業をやって来ましたわ。男爵家へ嫁いだとは言え平民と同じ暮らしです。そこでは余所者の私に手取り足取り教えてもらい、受け入れてくださいました。そして、今も他からやって来た方が領に受け入れてもらっています。それを見て、私は貴方達も困っているなら旦那様の領で一緒に農業をできないかと誘いに来ましたの、どうでしょうか?」


先程とは違い、2人はトリエの話を最後まで聞いてくれた。


トリエは、先ほどの様に暴言を言われるのではないかと拳を握って身構えた。


「なるほど、トリエ様はお優しい」


「そうね、でも、多分無理だわ」


2人の返事はやはりいいものではなかった。


「確かに魅力的な提案だ。農業でも仕事があれば明日のご飯に困る事はなくなる」


「ええ。でも、私達はもう貴族の二人組ではないのよ」


「俺達は放り出されて、何もできずに、平民に無視されて路地裏で死んでいくはずだった。でも、そんな俺達を助けてくれたのはスラムの仲間だった。まあ、盗んだりんごだったけどな」


笑いながらシカムが仲間と言ったのは、このスラムで暮らす身寄りのないストリートチルドレンだった。


「そんな命の恩人を置いて、私達だけ普通の暮らしを手にできないわ。以前とは、立場と状況も違うもの」


「だから、逃げてもいいか? 俺ら多分このままだと窃盗で捕まるんだよな。昨日、パンを盗んだんだ」


笑いながら逃げようとする2人に、トリエは何も言えなかったが、ミール男爵がトリエの前に出てシカム達に質問した。


「何人いるのかね?」


「なんだよ、おっさん」


シカムは急に口を挟んだミール男爵に顰めっ面で質問した。


「トリエの夫だ。それで、君達の仲間は何人いるのかな?」


「5人だよ、それがどうかしたか?」


シカムの返答に少し考える様に顎に手を当て、そして頷いた。


「追加の馬車が必要だ。君達は自分が生きる為以外に犯罪を犯したかな?」


「そんな事はしてないわ!」


そんな仲間なら、2人を助けはしなかっただろう。


「なら、みんなで来るといい、皆で暮らして、農業をして、食うに困らない生活を補償しよう」


「ほんとうか?」


ミール男爵の提案に、1番に食いついたのは、建物の影に隠れていた子供であった。


「ん?君がこの2人の仲間だね。勿論だ、君達が犯罪を犯さず、与えられた仕事をこなし、領民と仲良くできれば私の領で受け入れよう。農業に、人手はいくらあってもいい」


ミール男爵の機転を聞かせた提案で、シカムとヤリーシャは、フィールダー領に来る事になったのであった。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る