第77話 勇者の血の価値

ムツキが帰ってくる頃には、フィールダー男爵領は、警備兵の巡回を残して皆自分の家に帰っていた。


エレノアとシャーリー、それから勇者の2人は、ミール男爵の家に招かれていた。


警備兵の案内で、ムツキがやって来ると、テーブルを囲んで話しをしている最中であった。


「ムツキ様、おかえりなさいませ。もう終わりましたか?」


「ああ。今回はみせしめの為に犠牲を厭わなかったからね」


それを聞いたエレノアは立ち上がってムツキを優しく抱きしめた。


「私達の為に、ありがとうございます」


シャーリーも同じ様にエレノアとムツキを抱きしめる。


そして、ムツキの口元についた汚れを皆に見えない様にサッと拭った。


心なしか、ムツキの表情が和らいだ気がした。


ムツキはあの後、クレーターになったダスティブ城跡を見て、自分が人を殺したのだと実感して嘔吐した。


2人のお陰で落ち着いたムツキをテーブルまで招いて話の続きをする事にした。


「一体私達は何をみせられていたんですの」


トリエの言葉にムツキが恥ずかしそうに笑うが、シャーリーはトリエに言い返した。


「トリエさんには負けますわ、男爵様とお熱いんでしょう?」


「な、」


トリエはチラリとミール男爵を見て、顔を真っ赤に染めた。


「シャーリーさん、トリエさん、戯れ会うのはあの位にしてくださいな。話の続きをしましょう」


「それで、どんな話をしていたんでしょうか」


ムツキの質問に、エレノアがこれまでの話をかいつまんで話す。


ムツキがダスティブ城を落として、ドラゴニアとエクリアが最短で残党を処理してダスティブは二つの国に併合されるであろう事。


ちなみに、併合されると言ってもダスティブ側としてはほとんど変わることはない。


城にいなかった貴族、つまりは領を運営する貴族達も、そのまま爵位が変わるだけでそのまま領主であり続ける。


税を納める先が変わる程度、後は貴族年金が変わる程度だ。日本で言う市町村の合併に近いものがある。


これができるのは、戦争で死者が城の中に居た貴族達だけであり、城下町さえ残っているのだから、ダスティブ王を盲信していた人以外の民は、戦争相手への恨みは薄い。


生活が馴染めば気にならなくなっていく事であろう。


次の話題は、ミサキとアキホの処遇であった。


彼女達は、無理矢理戦争に加担させられていただけである。


幸いトリエや領民も無事である為、誰かの恨みを買っているわけでも無い。


「2人の話を聞いていたのですけど、このお二人は異世界から来た勇者だそうですね、ムツキ様?」


ムツキはエレノア達にも自分の素性を隠していた。遠い国からやって来たと言っていた程度だ。


ムツキは苦笑いで、背中に汗が伝うのを感じた。


「別に怒っているわけではありませんわ。ムツキ様の強さが納得できましたし。それよりも、彼女達をどうするかですわね」


エレノアの言葉に、ムツキはホッと息を吐いた。


「それで、どうするかって言うのは?」


「ミサキさんの能力は不死の軍団を作り出すことができます。今回はムツキ様が相手だったのが不幸なだけで、他の国との戦争であれば必勝の能力でしょう。手に入れたいと思う国は多いはず」


その話を聞いて、ミサキは顔を青くした。

戦争の道具はもう嫌である。


「彼女だけなんですね?」


ムツキは疑問を口にした。

一緒にいた男子2人の話だと、勇者の血が重要だと感じたからである。


ちなみに、彼女と言ったのは、2人の名前を把握していないからであった。


「ムツキ様、ミサキさんと、アキホさんです。

アキホさんは確かに能力は高いでしょうが、特別と言うわけではありませんから」


首を傾げたムツキを見て、エレノアは笑顔で補足を話した。


「勇者なのに、とお考えですか? 勇者の血にさほどの意味はありません」


「え、そうなんですか?」


「はい。優遇されて来たのはドラゴニア初代国王の血です。その血筋に対してペトレ様の加護があり、ドラゴニア聖国は守られてきました。トリエさん、あなたは勇者の血を継いでいますが特殊な力はありますか?」


トリエはエレノアの質問に首を振って答えた。


「そんなのありませんわ。あったならもっと楽に農業ができてますもの。旦那様の様に風魔法でスイスイと刈り入れがしたいですわ」


トリエの話が農業中心だった事をエレノアとシャーリーは微笑ましく思った。


「こう言う事です。勇者の血を継いでいても何の価値もありません。ダスティブ王は勘違いをしていたのでしょう。そのせいで国が滅んだのですから愚王と言う他ないですが、私達は感謝しないといけませんね、シャーリーさん」


「ええ。ダスティブ王のお陰でムツキ様に出会えましたから」


脱線しそうになっているのと、恥ずかしさもあってムツキは咳払いで話を戻した。


そしてやっと、彼女達の今後の話をする事になるのであった。

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