第28話 一悶着

「相引きとは、いい身分だな。貴様」


楽しいデート中に馬車で横付けして邪魔をして来たのは先日、傭兵ギルドの前で声を掛けてきた無作法な男だった。


今回は、ムツキは反射的に返事を返す事なく、先日反射的に使ったスキルと同じスキルが無意識に反応してエレノアの肩を寄せて馬車から庇う様にして馬車を避けると、男を無視してこの場から移動しようと歩き出した。


「おい、止まれ!傭兵!」


止まった馬車の方から男が叫んでいるが、自分は傭兵では無いし、止まるつもりはなかった。

それに、エレノアが巻き込まれたら絶対もっとめんどくさい事になる。


こういう輩には関わらせたくなかった。


「今日は俺だけじゃ無い。依頼主であるリガルド公爵家と公爵家の御用商人であるコーラサワー商会の会頭がが直々にいらしているんだぞ!」


男の言葉を聞いて、エレノアが足を止めた。

エレノアが止まればムツキだけ逃げるわけなはいかなかった。

ムツキは、エレノアが矢面に立たない様に、背中で庇い隠す様にして男の方を振り返った。

確かに、馬車は乗り合いのオンボロではなく、黒塗りの綺麗な馬車である。


「ふん、初めから大人しくついてくれば良いものを、この方達を呼び出した罪はでかいぞ!」


「ウシナ、もうよい。話を進めよ」


「は!」


馬車の中からウシナと言うらしい男に命令口調の言葉がかかった。

先程の内容だと、公爵か会頭のどちらかだろう。


「貴様、珍しいスキルを持っているらしいな」


珍しいスキル。それがどのスキルを指すのかムツキには分からなかった。

ねずみ算やマルチの事を知っているとは思えないし、それ以外は、どれが珍しいのか分からない。

例えば、かくれんぼというスキルもたくさん集まれば統合してより強いスキルに生まれ変わる。

しかも、統合先が一つでは無い為、かくれんぼだけでも色々と増えていくのだ。

かくれんぼも、詳しく見ると種類があるのだ。


【スキル:かくれんぼ 昔からかくれんぼで遊んできた証のスキル。隠れるのが上手かった】

【スキル:かくれんぼ 昔からかくれんぼで遊んできた証のスキル。見つけるのが上手かった】


この二つでは統合先が違い、前者は隠蔽や隠密。後者は索敵や鷹の目といったスキルに統合進化していく。


他の、子供の遊びからお手伝いの様なスキルも、沢山取得すれば珍しそうなスキルに化ける事もあるので、どのスキルが珍しいのか分からないのである。

ともいえ、最近はこの街の人達からのスキルは粗方貰い切ったのかスキル:マルチは少し大人しくなっているのだが。


そんな理由でムツキが反応に困っていると、男は痺れを切らして唾を飛ばしながら話しだした。


「しらばっくれたって無駄だぞ。俺はお前が収納スキルを使っている所を見たんだ。

そこでだ。喜べ、会頭がお前を雇って下さるそうだ」


「いいえ、結構です」


胡散臭さしかない。スキルを盗み見て、頼んでも無いのに雇ってやるとか何言ってるんだろうとムツキは思った。


「な、貴様!お前に拒否権など無い!これはコーラサワー商会とリガルド公爵家が決めた事だ!」


確かに日本も昔は平民にとって代官などの言う事は絶対だったが、この世界でもこれが罷り通ってしまうのだろうか?

ムツキはエレノアをチラリと見ると、エレノアは難しい顔をしていた。


「おい、これはなんの騒ぎだ?」


周りで見ていた人が通報したのか、騎士が騒ぎを聞きつけてやってきた様だ。


「これは騎士様、この傭兵が公爵様の指示に従わないのですよ」


「なに?貴様、それは不味いぞ。貴族様の指示には従わなければな」


話を聞いた騎士が、やれやれと言った風にムツキに注意をした。


「騎士様、本当に公爵様がいらっしゃるのか私達は見ておりません。馬車に家紋もついておりませんので。

ですので、はいそうですかとついて行くのは不用心かと思い拒否していたのです」


ムツキの後ろから、エレノアがそう話した。

ムツキが振り返ると、笑顔でウインクしている。


「娘、それは公爵様に失礼ではないか?ねぇ、騎士様?」


「そうですね。貴族様を疑うなど、あってはならない事です」


騎士の意見は、ウシナ寄りの様だ。


「私達は公爵様のお姿が見れれば安心できるのです。お願いできませんか?」


「娘、何度言ったら____」


「ウシナ、よい。これで良かろう」


馬車の中から、豪華な服を着た貴族の男が降りてきた。

男は、エレノアの方を見て顎に手を当てて、ふむ。と鼻を伸ばした。


「貴方は、どなたでしょうか?」


エレノアの質問に、ウシナは顔を真っ赤にして叫んだ。


「貴様!失礼ではないか!この方は貴様が質問などしていいお方では無い!頭が高いぞ!跪け!」


「貴方は、リガルド公爵家とはなんの関係もありませんね?貴族の、それも公爵家の名前を語るとは何事ですか!」


エレノアの、かわいい姿からは想像ができない怒号が響いた。


「な、貴様、貴族様にその様な口を________」


「黙りなさい!」


エレノアに注意をしようとした騎士にも、エレノアは怒りの声を上げた。


「私の顔を見て分からない者など、リガルド家にはおりません。そもそも、私はリガルドの人間を全て把握しておりますが、貴方は見た事がありません」


「な、小娘が知った様な口を!」


「リガルド公爵家は私の母の生家です。貴方達こそ、リガルドを騙るとは何事ですか!」


「な…」


なんと、リガルド公爵家とはエレノアの母。つまりは王妃様の生家であったようだ。

これは、エレノアの逆鱗に触れてしまうのは当たり前だな。とムツキは思った。叔父や祖父の名を使われて悪事を行なわれていたのだから。


「貴様、貴族様になんで口を聞くのだ!」


話を聞いてなかったのか、騎士がエレノアを取り押さえようと動き出した。

いや、この騎士もグルなのかもしれないな。


ムツキはエレノアを守る様に騎士との間に入り、手首を捻る。

人間、捻ってはいけない方向が存在する。

そちらに捻れば、人は防衛本能で自然と膝をつくのだ。

それができなければ体は壊れるし、膝をついたとしても更に無理な力が加われば…


ボキッ


「がぁぁぁぁああ」


こうである。


「ムツキ様、制圧をお願いしてもよろしいですか?」


エレノアのお願いに、ムツキは瞬く間に制圧していく。

その姿、以前は馬車の中で見れなかったムツキの勇姿を、エレノアは目を輝かせて見ていた。

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