第18話 叙爵式

「エレノア、どうしたんだい?」


シュナイゼル王が式典の始まりに声を上げた少女、多分立ち位置から王女であろう少女に優しく声をかけた。


「あの、お父様。あの方は…」


その少女がそう言って顔を向けたのは貴族達とは少し離れた位置に立つリフドンとムツキの方だった。


「ああ。彼は少し縁があってね。せっかくだから叙爵を見ていく事をおすすめしたんだ。

こんな機会は滅多にないからね」


玉座として広間よりも上段で行われる会話に貴族の中には気になってチラッとムツキの方を見る者、興味がないのか玉座の方を見続ける者と様々である。


「エレノア、今はその様な事を気にしている時間ではありませんわよ。貴方を守った方の叙爵なのです」


「いえ、お義姉様。これは今話さねばいけない事なのです。

…違いますね、これはここまで来るまでにキチンと私が言わなければいけなかった事なのです」


ロザリィは普段こうして言い返してくることのないエレノアに反抗された事でイラついた様で、キッとエレノアを睨んだ。


「エレノア、式典が終わってからでもいいでしょう。この式典を止めてまで話す内容ではないのでしょう?」


義母のバーバラも娘のロザリィを尊重する様にエレノアを嗜めた。


「しかし、お義母様__」


「エレノア、いい加減に___」


「2人とも、声を荒げるのはみっともない。王族の私達がこんな様子では貴族の皆に笑われてしまうよ?

それで、エレノア。今言っておかなければいけない事なのかい?」


シュナイゼル王が仲裁に入った事でバーバラはそれ以上何も言わなくなった。


「はい。この式典の根幹に関わるお話です。

私に、少しお時間をいただけますでしょうか?」


「いいだろう。一度下がろうか?」


「いえ、このままでお話しさせていただきます」


エレノアはシュナイゼル王に向かって綺麗なカーテシーを行った。


「そちらの騎士の方、質問をよろしいですか?」


エレノアの呼びかけに自分が質問されるとは思ってなかった騎士はビクリと震えて、ワンテンポ遅れて返事を返した。


「はい。何でございましょうか?」


「貴方は私を守ったあの戦闘で、どの様な戦いを繰り広げたか説明ができますか?」


「え、いや、それは、その…」


「貴方は気づいたら魔物の群れが全滅していた。その後、ユーリネに祭り上げられた為に調子に乗って思い込んだだけ」


エレノアの発言に、玉座の間はざわついた。

今日の叙爵の理由が崩れ去ったのだから当たり前である。


「エレノア!それは本当かい?何故、今まで黙っていたんだい?」


「何度か言おうとしたんですが、その度に邪魔が入ってしまって…

その時に強く否定できれば良かったんですが、否定すれば楽しそうに盛り上がるユーリネやお義姉様は不機嫌になってしまいます。

…今のお義姉様の様に」


いきなり矢面に立たされたロザリィはエレノアを睨んでいた顔を取り繕って笑顔になるが、下から見ていた貴族達はその前に睨んでいる事に気づいていたであろう。


「はあ。それで、続きを言いなさい」


シュナイゼル王はため息を吐いて続きを話す様にエレノアに言った。


「はい。私は、途中で諦めてしまいました。

助けてくれた方は行方も分からず、騎士の方も皆に持ち上げられている所を見れば実力のある方なのでしょう。ならば、将来功績を残して爵位を貰うこともあるのだろうと自分を納得させました。少し機会が早まっただけなのだと。

しかし、私は忘れていません。去っていく後ろ姿しか見ていなくとも、珍しい、漆黒の髪の彼の方を」


エレノアの言葉にシュナイゼル王初め、王族、貴族達全てがムツキの方を向いた。

勿論リフドンもである。


玉座の間の中で貴族達から離れた位置にいるムツキとリフドンははじめから目立っていたし、黒髪と言われれば、すぐに思いつくのはムツキであろう。


一方視線の的になったムツキはギョッとしている。叙爵式を見に来ただけでこの様な展開は予想していないからだ。


「漆黒の君、貴方は数日前にオークの群れを倒し、馬車を助けませんでしたか?」


エレノアは黒髪黒目のムツキの容姿を見て漆黒の君と表現した。

ムツキはその様な言い方などされたことは無いが、その言葉が自分を指しているのだとわかった。

だから返事をしなければと思うのだが、この環境に緊張してしまい、ドギマギしてしまい、どう答えようかと悩んでしまった。


エレノアはその容姿を見て、馬車の中で聞いた彼の言葉を思い出してクスリと優しい笑みを浮かべた。


「漆黒の君、馬車の扉を壊された事は何も思っておりません。

私は、命の恩人の偉業を他人に渡す事を許してしまった自分を恥じているのです。

どうか、話して頂けませんか?」


そう問いかけるエレノアの顔に見惚れてしまいそうになるムツキだったが、歳の差を考えろと自分を諌めた。


「えっと、はい。数日前にオークを倒した記憶はございますが、それが王女様の乗った馬車だと言う証拠もございません。

黒髪など、私以外にも探せばいる事でしょう」


この視線が突き刺さる中で、「そうだ!私が貴方を助けたのだ!」などと名乗り出る勇気は無かった。

それに、証拠も無いのに叙爵式の主役から手柄を奪い取るなど、絶対に後からいちゃもんがつけられる。

そう思ったムツキはオブラートに包んだ様な返答を返した。


しかし、玉座の間の中はザワザワとした騒ぎになってしまう。

ムツキにはわかっていない事だが、この街に黒髪の人物はムツキしか居ない。

それ程までに珍しい髪色だと本人は気づいていなかった。

珍しい髪色だからこそ、これまで会う人々にすぐに覚えられていたのだと分かっていなかった。


ザワザワとしだした玉座の間にパチンと大きな音が響いた。

それはシュナイゼル王が両手を叩き合わせ、皆の注目を集める為にとった行動だった。


「皆よ、すまぬがこれは叙爵式をしている場合では無くなってしまった。

今日の所は解散とする!

…後日、きちんとした経緯を説明しよう」


そして叙爵式は前代未聞の執り行われぬままに閉幕となった。


その後は、別室に、関係者が集められる事となる。

別室への移動の間、リフドンに「なにをやっておるんじゃ」とため息を吐かれたが、ムツキの預かり知らぬ所である。


別室には、王族や叙爵予定だった騎士、カインにもう1人騎士っぽい人等が待ち受けていた。

これから始まる話し合いにムツキの頬がヒクリと痙攣した。

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