第59話「真紀との決着」

「どういたしまして……」


 ぎゅっと抱き着いてきて離れないあかねの耳は真っ赤に染まっている。

 絶対聞かれたよな……。

 ただ茜がなにか言う前に自分から言うのは野暮だろうか……。

 彼女の心音を全身で感じている間にもそんなことが頭の中を駆け回っていた。


達也たつや、首輪つけてよ」

「え、首輪?」


 胸の中に顔を埋めたまま、茜はそう言ってきた。

 バレてるから付けても問題ないかもしれないけど、なんで今。

 話に聞くのと実際に見るのじゃ衝撃が違うし、あんな状態のお姉さんに首輪つけた茜なんか見せたら刺激が強すぎるだろ。

 そう悩んでいることなど茜にはわからないのだろう、不満そうな顔をしながら催促してくる。


「ねー早く着けて!」

「なあどうしてもつけないとだめ?」

「ダメ、まだ私が猫だって自覚したいの」

「わかったよ、ほら首あげて」


 もう何回も首輪をつけたはずなのに、まるで初めてつける時のように手が震える。

 茜が苦しそうに目を閉じているからだろうか。

 それとも、すべて聞かれた上でまだ猫扱いを続ける罪悪感のせいだろうか。


「つけられたよ」

「ありがとう」


 そう言うと茜は俺をベッドへ押し倒し、耳元で囁いた。


「ねえ『鳴け』って言って」

「なんで? 今日の茜変だよ」

「いいから言ってよ、飼い主でしょ」


 涙目になりながら訴えてくる茜を見ると、だんだんと拒否してはいけないのではないかと思い始めてくる。

 前も「鳴け」って言ったことあるし、茜から頼まれてる以上なんも不自然なことはない。

 そう半ば無理やり自分を納得させると、望み通りの言葉を発した。


「鳴けよ」


 少し目の潤みが強くなった後、無理やり笑顔を作るとまるで自分が猫であると言い聞かせるかのように強く鳴いた。


「にゃぁ」


 直後、胸に顔を埋めながらしゃくり上げ始めた。

 鼻をすする音や泣き声でよく聞こえないが、「ごめん」や「よかった」などと言ってる気がする。

 そんな茜になんと声を掛けていいのかわからず、ただゆっくりと背中を撫でていると、陽菜の声が聞こえた。


「ねえお兄ちゃんちょっといい?」

「いいよ」


「ごめん」とだけ声を掛けどかすと、ドアを開ける。


「どうした?」

真紀まきさんが落ち着いたからそろそろ帰るって言ってるんだけど、その前にまた話したいって」

「……わかった今行く、茜のこと見ててやって」


 原因がわからないとは言え、多分俺のせいで泣かした茜を置いて行くのは心苦しかった。

 ただこれから帰るというならお姉さんと話さないわけにはいかないだろう。

 陽菜からの冷たい視線を一身に受けながら、気づいてない振りをしてお姉さんの下へ向かう。


「今日はすみませんでした」


 リビングに入るなり、若干かすれた声でそう頭を下げてきた。

 あれからずっと泣いていたのだろうか、お姉さんの目は真っ赤に腫れあがっている。


「いえ、こちらこそすみませんでした。二人の関係性からお𠮟りを受けることはごもっともだと思います。ただ茜さんの意思に反して連れて帰るのはやめてあげてください」

「もう連れて帰る気はありません、本当にご迷惑をおかけしました」

「ならこれからも付き合っていていいということですか?」

「かまいませんがもし、茜を私と同じ目に合わせたら覚悟しておいてください」


 その目には茜を連れて帰ると言っていた時と同じ、強い意思が感じられた。

 お姉さんと同じ目とはどういうことだろうか。

 不幸にさせるなという認識で合っているといいが。


「幸せにします」

「茜もあの年齢ゆえ未熟なところもありまたご迷惑をお掛けするかもしれませんがよろしくお願いします」


 さっきと打って変わってしおらしく、そして必要以上に礼儀正しくなったお姉さんに何があったのか聞きたい衝動に駆られたが、なぜか心の奥底で聞いてはいけないと警告がなっていた。


「スーツケース持ってくるのでちょっと待っててください」

「案内してくれれば俺が持ちますよ」

「じゃあすみません、お願いします」


 家から少し離れたところの有料駐車場に行くと、軽自動車サイズの欧州車が止まっていた。

 この赤いエンブレムはイタリアの会社だったかな。

 ちょっと前にCMで見た気がする。


「じゃあ、これお願いします」


 ツードアの車に無理やり体をねじ込むと、何度か鈍い音をさせながらやっとという感じで中くらいのスーツケースを引っ張り出してきた。


「連れて帰る気だったのに、持ってきてたんですね」

「私物を持って帰るのにスーツケースならちょうどいいかなと思って。まあちゃんとした用途で使われることになりましたけど」


 まあ段ボールなんかより便利だろう。

 ただお姉さんが想定していた用途で使われなくて本当によかった。


「お茶でも飲んでいきますか? 姉妹で積もる話もあるでしょうし」

「あ、いえ私はこれで失礼します。妹さんにもスーツケースを渡したらお暇させていただくと伝えてあるので」

「そうですか、貸していただきありがとうございます」

「返すときはいつでもいいのでゆっくり使ってください。さようなら」


 そう言い残しエンジンをふかすと、あっという間に帰ってしまった。

 母さんの時も台風みたいだなって思ったけど、お姉さんもまた質の違う台風だったな。

 同じ目がなんなのかずっとのどのあたりに引っ掛かっているが、無事このままの関係でいてもいいってことになってよかった。

 茜は大丈夫かな……。

 うまく陽菜に慰めてもらって俺に話せないストレスとかを言えてるといいけど。

 鳴けって言うように頼まれたときも苦しそうな表情してたしな。

 

「旅行で気分転換とかもしてほしいけど、その前に荷造りしないと。頑張るか!」

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