第58話「達也の受難」
「お兄ちゃんちょっと今いいかな?」
「いいよ、入れよ」
いつもより深刻そうな声の
入ってくる陽菜に「話し合いはもういいのか」と言おうとすると、予想外の人物が後ろに立っていることに気が付いた。
なんで
「なあ陽菜……、なんでその人が……」
「茜ちゃんの話は終わったんだけどね……、ちょっとお兄ちゃんと話してほしいなってことになって。いいかな?」
陽菜は奥歯に物が挟まったようにそう言うが、ここまで連れてきた以上俺に拒否権はないだろう。
「そっか、わかった。いいよ」
見られてやばいものって多分ないよな?
急いであたりを見回すと、サイドテーブルの上にさっき外した首輪が堂々と
「やばっ」
二人にばれない様急いで布団の中に引き込むが、もう手遅れだったらしい。
陽菜は大きなため息をつきながら「もう隠さなくていいから」と言った。
「バレたのか?」
「まあそうだね、もう
「そっか……、全部か……」
誰に言うわけでもなく、肺から空気が漏れるようにそう言うと、頭の中には色々な感情が駆け巡ってきた。
やっぱ怒ってるよな。
恋人関係偽装してたってのもバレてたってことだよな。
どうすればいいんだろう。
茜と相談って、今口裏合わせられるわけじゃないしな。
許してもらえるわけじゃないけど、ちゃんと思ってることを伝えなきゃな。
「とりあえず陽菜は出て行ってもらっていい?」
「うんそのつもりだった、終わったら教えて」
ドアがしっかりと閉まる音を確認すると、間髪入れず腰が直角に曲がっているんじゃないかというぐらい深く頭を下げた。
「本当にすみませんでした。首輪は付けてましたが茜さんで遊ぶために付けさせていたわけじゃありません。別れてから三ヶ月と元に戻るには少し難しい期間ではありますが、茜さんにどう思われているかは知っていますし、もう少し自然に関われるようになればちゃんと戻る気でいます」
「そう言って、茜より好みの人が出たら茜のこと捨てるんでしょ?」
突然の謝罪に動揺したのか、お姉さんはすこし声を震わせながらそう言ってくる。
好みの人が出るなんてありえないし、どこか一部分が好みでも全体で茜に勝てるわけがない。
「捨てませんよ、茜さんからまた振られるまで俺から別れたいって言うことはありません」
「偽善者が……、茜が下にいるからっていい子ちゃんぶるのやめろよ!」
「本心ですよ」
茜が見てようか見てまいが関係ない。
好きなものは好きだし、茜と話せなかった三か月は地獄のように辛かった。
誰が好き好んであんなところに戻るものか。
「そう言って誰かに迫られたらすぐ乗り換えるくせに」
そう言うと、お姉さんは突然服を脱ぎ始めた。
「茜なんかより私と付き合おう」
そう言いながらお姉さんは上半身下着姿で迫ってくる。
身長も体形も、声顔、すべて茜とどことなく似ているはずなのに、全く興味がわかなかった。
「ごめんなさい、俺には茜がいるから」
「大丈夫ばれないよ」
そう言いながらハイライトの消えた目でじりじりと距離を詰めてくる。
初めの内は俺が合わせて後退することで距離を保てていたが、あっという間に壁際まで追い詰められてしまった。
「バレるとかばれないとか関係なく、俺は茜と以外付き合うつもりもやるつもりもありません」
「どうして……」
「どんなに外見が似ていても俺が惚れたのは茜だけなので、なにされても茜を大切にしたい以外は思いません」
「あの人は私のことなんか見てくれなかった」
お姉さんは
「俺は茜さんのことしか見えてないですよ」
「お願い、行かないでよ」
なにもない空間にすがるように手を伸ばしながら、お姉さんは大粒の涙を流し始めた。
「なんで私じゃダメなの、捨てないでよ……」
「お兄ちゃん平気?」
外まで鳴き声が響いていたらしい。
どうしたらいいのかわからず俺が戸惑っていると、不安そうな声の陽菜がそう話しかけてきた。
「いや、平気じゃない」
「開けるよ」
なにが起きたかすべてわかっていたらしい。
泣いているお姉さんに驚きもせず、部屋に入るなりお姉さんの背中をさすりはじめた。
しゃくりあげているお姉さんに普段聞いたことないような優しい声を掛ける。
「真紀さんこれでわかったでしょ、お兄ちゃんが茜ちゃんを捨てるような人じゃないって」
「じゃあ私はなんで」
お姉さんは子供のようにワンワンと泣きながらそう叫ぶ。
「大丈夫ですって真紀さんも探せばいい人見つかりますから」
「なあおい……」
「ちょっと下で休ませてくるから、お兄ちゃんはもう少しここにいて」
俺の声を聴く気がないのか、ちらりとこちらを睨むとそれだけ伝えるとお姉さんに肩を貸した。
その目に制され動けないでいると、陽菜は廊下で誰かと話し始めた。
この声は茜か?
「大丈夫ですか?」
「まあ多分大丈夫、真紀さんは私が面倒見るから茜ちゃんはお兄ちゃんのところいなよ」
「ありがとうございます」
そう言って陽菜と入れ替わるように茜が入ってくると、先ほどの泣き声が響いていたとは思えないくらい静かな空間が広がった。
どこから聞かれていたんだろうか。
聞きたいことがいくつかあったが、どう聞いていいのかもわからない。
言いあぐねていると、茜が不器用そうに笑いながら口を開いた。
「えっと……。お姉ちゃん説得してくれたみたいで、ありがとう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます