第37話「茜のわがまま」
「あのさ、準備終わって時間あったら付き合うからあとでいい?」
物欲しそうな目で見てくる
正直あと三時間でもギリギリなのに、茜にかまっていたら一向に終わる気がしなかった。
「いい?って聞くってことはダメって言っていいってことだよね?」
押し倒そうとしてくる茜をなんとかどかすと、一つ咳払いして言った。
「時間がないから今はダメ!」
「なら邪魔しない範囲ならいい?」
「まあそれなら……」
実際どこまでが邪魔する判定でどこからが邪魔してないになるのかわからなかったが、こちらの罪悪感を刺激するようなウルウルとした瞳を見るとダメとは言えないかった。
「そんな心配そうな顔しないで、邪魔ならすぐやめるから」
そう言いながらぎゅっと抱きしめてきた。
作業ができない。
「ねえ抱きつくの禁止でもいい?」
「抱きつくの邪魔?」
「あーまあ邪魔ではないけど……、邪魔かな」
なにかいい言い回しが出てくればよかったのだが、そんなことを考える余裕も時間もなかった。
「……なら手繋ぐのはいい?」
「……いいよ」
正直あまり広いとは言えない家の中で手を繋いでいるもの大変だったが、ずっと抱きつかれて動けないのに比べたら何倍もましに感じた。
「ねえ昨日から手繋ぎたがるけどなにかあるの?」
「昨日も言ったじゃん、手繋がないと迷子になっちゃうでしょ?」
「別にそんなことはないけど」
むしろどうやったらこの家で迷子になれるのか教えてほしい。
もう幼児ではないし、目をつぶっても家の中を歩けるくらいこの家に住んでいる以上到底迷子になるとは思えなかった。
まあ強いて言うなら陽菜の荷物に潰されて
「けど手放してまたあの人の所に行かれても嫌だし」
あの人って……。
冬木のことか。
「別に手放したってあいつのとこになんか行かないよ」
「嘘、前手放した時はあの人のとこにいたくせに!」
それは手を放したんじゃなくて茜が
ただあいつの話聞く限り振ったこと後悔してるみたいだしそうそう掘り返さないほうがいいよな。
「わかったよ、手繋ごう。ほら」
そう言って手を差し出すと、ずっと待てをしていた犬の様に飛びついてきた。
「茜が猫ね~」
「なに? 今は偽装彼女だけど」
「いやなんでもない」
首輪つけて偽装彼女って言われても説得力ないんだよな。
帰ってくるまでに外さなきゃなと思いつつ茜を連れて布団のある部屋に向かった。
「なにか手伝うことある?」
部屋に着くとどうぞ持って行ってくださいとばかりに布団が置かれていた。
確かこの間陽菜が友達連れてきたからその時使ったのか。
「とりあえず手放して布団持てないから」
「あ、ごめんね」
「あとは俺の部屋のドア開けてくれると助かる」
「わかった」
こうやって話す分には普通なんだけどな。
昨日タクシーに乗ったあたりからコロコロと変わる茜の機嫌は別れる直前を思い出していい気がしなかった。
あの時も結構怒ったりくっついたりが頻繁に入れ替わったんだよな。
まあ不機嫌そうだったのはタクシーの中だけだったし、杞憂かな。
「重くない? 手伝おうか?」
「平気」
あまりに遅すぎたせいだろうか、心配そうに声を掛けてきたが、実際はもう目と鼻の先だった。
「ほらこれで終わり!」
「意外と狭いね」
「まあもともと一人用の部屋だからね」
足の踏み場が無くなるというわけではなかったが、さすがにベットのほかに布団があると結構な圧迫感があった。
「ところでさ……、布団運び終わったらあとはたいしてやることないよね?」
「まあそうだね」
いい機会だから掃除機でもかけるかなと思っていたが、それも別に帰ってくる前にやらなきゃいけないほどの急務ではないし、大方終わったと言っても過言ではなかった。
まあ粘着テープで毛を集めるなんていかにも猫を飼ってるみたいだが。
「なら、いいよね
そう言うと俺の確認も取らずに、敷きたての布団へ押し倒してくる。
「え、おい……」
「大丈夫だよ、ここまで終われば間に合わないなんてことはないでしょ?」
「そうじゃなくて……」
さっき拒否してからよっぽど我慢していたのだろう。
虎の様に鋭い目をした茜が襲い掛かってきた。
「抵抗しないならすぐ終わらせる」
「そうじゃなくて陽菜が……」
さっきからドアの向こうでせっせと荷物を運ぶ足音が聞こえてきた。
「全部
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