第35話「恋人になった二人」

「ねえ起きてお兄ちゃん」


 夢の世界を満喫まんきつしていると、どこからか聞こえてくる陽菜ひなの声で意識がはっきりとしてくる。


 やばい服着ないと。

 朦朧とした意識の中あたりを見回すが、部屋には靴下一つ落ちていない。

 ああそうか、昨日あの後何もせず泥みたいに眠ったんだっけ。


「ああ朝食なら今作るから待ってて」


 昨夜を変わらないくらい大きなあくびをしながらそう言う

 起きようとするも、あかねにしっかりと腕を掴まれていて、起き上がることすらままならなかった。


「おーい、茜」


 軽く頬を叩くと、何度かまばたきしたあと言った。


「ねえもうちょっと寝ようよ」


 茜はうつらうつらしているように見えたが、布団の中へ引きづりこもうと力強く引っ張ってくる。


「ねえ茜ちゃん、ちょっとお兄ちゃんと話あるんだけどいい?」

「……ならこの場で話して」


 一瞬悩んだような素振りを見せたが、決して掴んでる手を緩めることはなかった。

 いい?という顔で見てくるが内容を知らない以上決めようがない。


「茜に関係ないこと?」

「いやー茜ちゃんのこと」


 まさかまた冬木ふゆきか……。

 背中に冷たい汗を感じる。


「あ、昨日のは関係ないからね」


 こっちの思考を読んでいるんじゃないかというぐらい的確に俺の不安を解消すると、陽菜は言った。


「今日お母さん帰ってくるっていうから、茜ちゃんをどうにかして」

「は? どうにかって……」


 帰ってくる?

 しかも今日?


「え、ごめんなんて言った?」


 多分俺の聞き間違いだろう。

 そう一縷いちるの望みに掛けて聞き直すが、現実は残酷だった。


「お母さんが帰ってくるの、うまい具合に茜ちゃんのこと誤魔化してね」

「陽菜の部屋に泊めるって話だったよな?」

「私の部屋はやっぱ無理、お母さんの部屋にある荷物片づけるととてもじゃないけど一人しか寝られない」


 一昨日入ったときは綺麗だったじゃん、と言いかけ、他の部屋が惨状になっていたことを思い出す。


 ただ年頃の女の子と同じ部屋で寝泊まり。

 しかも居候だし、なんなら陽菜の友達って言わなかったか?

 妹の友達に手を出せる環境に毎日二人きりになってると言って、話して許されるだろうか。


「なら荷物は俺が預かるから……」


 絞りだしたような声でそういうが、陽菜の返事は非情だった。


「服とかだし嫌だ、見られる可能性がある以上置いておきたくない」


 「お兄ちゃん変態だからなにに使われるかわからないし」と付け加えながら楽しそうに首輪を触る。

 俺の趣味でつけたわけじゃないし、それなら変態は陽菜と茜じゃんと言いたいのをぐっとこらえ言った。


「だからって俺も茜と一緒に寝られないぞ、そもそも付き合ってもないのに同室で暮らせるかよ」

「え、毎日あんな寝てるのに?」


 わざとらしくそう言う陽菜に飽き飽きとしながら、何とか声をだす。

 叶うのであればめんどくさいしさっさと終わりにしたい。


「それとこれとは話が違うだろ」

「ならお兄ちゃんはペットを自分の都合のいいようにしか使わないんだ」

「単純に説明できない関係なだけだよ……」


 ひどーい、と言いたげな視線を向けながら陽菜は言った。


「なら恋人ってことにしちゃいなよ。恥ずかしくて言えなかったけど実はって言えば何とかなるでしょ」


「ね」っと小首をかしげウィンクしてきたが、そういう問題じゃない。


「茜の、都合だってあるだろ……」


 語尾を濁しながらそうごにょごにょと言う。

 なぜか頭の中では『どうせなら外見も内面も私より優れている人を見たうえで私を選んでほしいから』という茜の声が鮮明に再生された。

 たとえ誤魔化すためであっても軽々しく恋人などと言ってはいけない気がする。


「茜ちゃんはいいって言うでしょ」


 そんなわけ、と思いながら茜を見ると、もぞもぞと耳元まで近づき言った。


「いいよ私、偽装彼女でも」

「ね、いいって言ってるでしょ」


 なんでそんな茜のことがわかるんだよ……。

 全てを見透かしたような陽菜に若干の畏怖いふの感情を覚えながら、親の前でのみ元カノと付き合うことになった。

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