第30話「冬木の誤算」

「わかんねーよ」


 俺は満足そうな顔をしている冬木ふゆきに向かってそう吐き捨てた。


「ならはっきり言うね、達也たつやクンはあの女にだまされてるんだよ」


 その目は狂気きょうきに満ちていた。

 もう俺の知ってる彼女はいない。

 ただ三か月前から変わってたなんて。

 茜と会わせるまで全く気が付かなった。


「騙されてるわけないだろ、お前が誤解してるだけだ」

「なら好きだけど振るってのが信じられるの? そんなの好きなわけないじゃん。結局一番かわいいのは自分なんだよ。達也クンはいいの? あの女といるとまた振られるよ」

「少なくとも勝手に盗聴とうちょうするやつより信用できるよ」

「安心して私はあんなくだらない理由で振ったりしない。達也クンだけを永遠に愛すよ」


 言葉が通じない。

 冬木と話すのはまるで真っ暗な空間に向かって石を投げるようなものだ。

 時折音は聞こえるがそれはこちらが求めている反響音ではない。

 こいつと話しているだけで狂いそうになる。


「達也クンは今混乱してるんだよね。大丈夫だよ落ち着けばあの女がおかしいってわかるようになるから」

「絶対ねーよそんなこと」

「そうやって強がってる達也クンもかわいいな」


 そう言うと冬木はカシャリという音と共にフラッシュをいた。


「おい、やめろ」


 冬木を見ようとしても残像で彼女の姿がおおかくされる。


「ねえ笑ってないよ、ほらちーず」


 冬木は肩を寄せると、手慣れた様子で自撮りを始めた。


「だからやめろって!」


 手足が動かない状況で何とか離れられようとするが、がっしりを肩を押さえられて全く離れることが出来ない。


「あの女に送るんだから、笑ってよ。新しい彼女出来たって」


 よくよく見ると冬木が持っていたのは俺のスマホだった。


「それって……」

「ああ達也クンのだよ。まあ今日から私のだけど」


 冬木はさも当たり前のことの様にそう言いながら慣れた様子でいじり続ける。


「は? ふざけんな!」


 どうにかして奪えないかと体をよじるが、そのたびに骨がきしむ音がする。

 よっぽど変な体勢で拘束されてるらしい。


「あの女以外にもほかの女の連絡先入ってるでしょ? 私がいるんだしもういらないよね?」

「そんなわけないだろ、お前が一番要らねーよ」

「大丈夫、不安なんだよね誰かと話せなくなるのが。大丈夫その分私が構ってあげるから」


「はい、完了」と言いながらスマホを見せてきた。

 そこにはツーショット写真と共に別れようと送られていた。

 大分あかねには心配かけてるらしい、写真の前には大量のメッセージが表示されていた。


「じゃあこれで邪魔する人もいなくなったし、二人で楽しもうか?」


 そう言うと冬木は慣れた手つきで俺の服を脱がせ始めた。


「やめろよ、なにすんだよ!」

「なにって初めての共同作業だよ」


「私子供は二人以上ほしいなー」などと言いながら脇腹をツツツーとなぞる。


「おい!」

「ごめんね一人だけ裸なのは恥ずかしいよね。待っててね今脱ぐから」


 そういうとまるで風呂にでも入るかのようにどんどん肌色の面積が多くなっていく。


「どうだろう、達也クンが振られてから振り向いてもらえるようにおしゃれもダイエットも頑張ったんだよね。釣り合う女になれたかな?」


 そう言いながらそっと唇を重ねてくる。

 その味は茜とする時では考えられないくらい苦かった。


 一度キスが終わるととろんとした目をした冬木が迫ってくる。

 逃げようとしても相変わらず骨がミシミシと悲鳴を上げる。

 ごめん茜!と強く願ったときチャイムが鳴る音が聞こえた。


「もういいところなのに……」


 冬木は最低限の捕まらない範囲で服を着ると、速足で出ていった。


「ああよかった……」


 冬木としなくて済んだ安心感なのか茜への罪悪感なのかわからないが自然と涙があふれ出してくる。

 ただ、戻ってきたら続きが始まると思うと絶望しかなかった。

 もういっそ舌でも千切ちぎってやろうか……。


 そんなことを考えていると、どこからか怒声が聞こえてきた。

 その中には冬木以外の声も混ざっていた。


「誰かいるのか?」


 今出せる精いっぱいの声を出すと、誰かが駆け寄ってくる音が聞こえてきた。

 その音は段々と大きくなる。


「達也!」


 え、茜?


「よかった無事で、もう会えないかと思った……」


 両目にいっぱい涙を溜めながら茜はそう言う。


「大丈夫怪我してない? 痛いところない」


 しばらくしてようやく服を着ていないのに気が付いたのか、そっと上着を掛けてくれた。


「今陽菜ひなさんも来るから待っててね」


 え、陽菜もいるのか?

 茜がそう言うと少し遅れて陽菜がいつも俺の部屋に来るような感じで入ってきた。

 どうやら冬木は陽菜に捕まったらしい。

 後ろ手に縛られわめいている。


「楽しそうだね、お兄ちゃん」


 この日以上に頼もしい茜と陽菜を見たことはなかった。

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