逆転レベルアップ~最弱使い魔とゲームの世界で冒険したら~

月本 招

ステージ1 使い魔

 気づけば目の前でキミは子猫を抱えたまま宙を舞っていた。



 さっきまで横断歩道の向こうから、どこか照れくさそうに俺を見ていたキミの姿はそこにはない。


 キミは道の真ん中で伏せたまま動かない。俺の視界はそこだけ時が止まったように見えたんだ。


 俺はただミサの側に行きたかった。ミサの横にいつも居たかった。願いはそれだけだったんだ。



 信号が何色かなんて覚えてはいない。このままじゃミサがこの世界からいなくなってしまうと思った俺はハッと我に返ると、動かなくなった彼女の元へと全力で走り出す。


 すると、動かない景色が急にグニャリと歪んだかと思ったら、【バヒュン】と音を立てて目の前から消えてなくなった。


 平衡感覚を失った俺は、気がつけば勢いそのままに転んで前に突っ伏すように倒れ込んていた。




 見上げたそこに見えたのは、シームレスな境目のない真っ白な世界。見渡す限りの全てが白で自分の影さえも存在しない。どうやら世界から消えたのは俺のようだった。



「あぁ……こりゃ死んだな。へぇ、これが天国ってやつか……」


 俺は素直な感想を漏らす。

 すると、目の前に突然白いローブに身を包んだ、どこか怪しげな雰囲気を醸し出す、スラリとした美女が宙に浮いて現れた。


 たぶん女神?

 でも、とんがり帽子と魔女っぽい杖を持ってるのが気になるんだけど。



「あのぉ、あなたはどちらさんで?」


 俺が言うと、女はニッと笑顔になって口を開いた。



『あたし? あたしはラプラス。魔女さね』


 やっぱり魔女だった。でも、じゃあここは一体?



「ラプラスさん? あの、ここってどこなんスか? やっぱり天国?」


『天国ときたか。いーや全然見当違い。ここは【初期設定の部屋】さ』


「はい? 初期設定の部屋? 何だよそれ、ゲームみたいじゃん」


 俺が言うと、ラプラスは突然『フハハハ!』と魔王みたいな笑い方をした後で続けた。



『ゲーム……で間違いはない。お前にはこれから【ゲーム】に参加してもらうつもりだからの』


「ちょ……俺はそんなことしている場合じゃないんだよ! それより〈ミサ〉って女の子を知らないか? 俺はその子を助けようと思ったらいつの間にかこんなところに――」


『あたしクラスになれば、その娘のことだってもちろん知っておるぞ』


「!? ならミサに会わせてくれよ! そのためなら俺は何でもするから!」


『ほぉ……。少年、その言葉に二言はないのだな?』


「当然だ!」


『よし決まりだ。では、お前にはこれからゲームに――』


「だから何でそうなるんだよっ!」


 俺が足をバタつかせてキレ気味に言うと、ラプラスは手に持っていた大きな杖を俺の方へとビタッと向けて言う。



『その娘に会いたいのだろ? なら話は簡単。お前がゲームをクリアしさえすればまた会えるわけだ』


「は? マジで?」


『マジだ。このラプラス、例え今がバイトの身だからと言っても、そんなしょーもない嘘はつかぬからの』


 アンタ、バイトなのかよ……。てか、いまだに謎だらけなんだけど、どうしたものか。



「……えっと、確認するぞ。俺がそのゲームに参加して、それをクリアできればミサに会える。……それは、【元の世界で】ってことでいいんだよな?」


『そう。正確には、娘が命を失う〈少し前〉の元の世界へと戻してやろう』


「!? じゃあ、やっぱりミサはあの時……」


『説明はここまで。文字数がギリギリだ。では、パートナー選択画面へと移動する!』


「ちょ……文字数って――」


 言葉を遮るように【バヒュン】と音が聞こえて、俺は別の部屋へと転送させられた。



 目の前に見えるのは、檻のような結界に入れられた……モンスター?


 ヒューマン系の戦士、魔法使い、僧侶から獣人、巨人、ドラゴン、どう見てもの魔族まで、檻は円を描くように連なっていた。



『ラプラスだ。聞こえるか少年? 今、目の前にある結界の中にいる者たちは、これからお前がゲームを攻略する上で最も重要な存在、【使い魔】だ。お前は、今いる100体の中から使い魔を選んでゲームに挑戦することになるからの』


「なに! 100体だとぉ!?」


『ゲーム開始まで制限時間は3分。ではスタートぉっっ!』



 おいおい、ふざけんな! ほとんど説明のない典型的なクソゲーじゃねぇか。

 ……とは言え、このゲームをクリアできなければミサに会うことは叶わない。


 ラプラスがゲーム攻略で最重要と言っていた使い魔。この選択がゲームクリアを、もっと言えば俺の今後の人生そのものを左右すると言っても過言ではない。


 俺は、目の前の檻のような結界に手を触れてみる。すると、俺の手の動きで結界が左右に動くことが分かった。スワイプできるのか、これ?


 この中でゲーム攻略の最適解となる使い魔は……。俺はスワイプを繰り返しながらできるだけ強そうな使い魔を探していく。



『残り2ふ~ん』


 やべ。もう1分経ったのか。自然とスワイプの速度も上がっていく。クルクルと結界を動かしていくが、100体は多くてまだ1周もできていない。



『残り1ふ~ん』


 ぎゃー! もう時間が残ってねぇっ。よし、ようやく一周したな。見てきた中で強そうなのは、やっぱりドラゴンか。いや、でも汎用性を考えたら人型の魔法使いやエルフなんかも捨てがたい。そう言えば天使みたいな姿をした使い魔がいたよな。天使で使い魔って意味がわからんけど、姿形、そしてその持っているであろう能力からして、おそらく最適解はあの使い魔だ。



「うぉらぁああっ!」【クルクルクル】


 俺は全力で結界をフリックして、天使型を探した。



『残り10びょー』


 いた! 天使型。よし、この使い魔に――


 その時、俺の目に飛び込んできたのは、天使型の隣にいた黒い猫だった。

 小刻みに震えながら、俺を潤んだ瞳で、今にも泣きそうな物憂げな表情でじっと見つめている。


 いや、何を考えている! ダメだ。ダメダメ絶対ダメ! 俺はこのゲームをクリアしなければミサに会えな――



『残り3びょー』

『にぃ』

『いちぃ――』


「クッ……ちきしょーーっ! 俺の使い魔はお前だーーーーーーーーーーっ!」



 俺が選んだのは、天使型の使い魔……の隣の結界に入っていた、小さな黒い猫だった。

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