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「あの、ちなみに班長がさっきまで出てた捜査会議って、どんな事件でした?」
心なしかピリついた空気を入れ換えるべく、話題を逸らすことにした。
「ん? ああ、『女子高生連続失血死事件』だよ」
霧雨篠は僕を振り向いた。彼女の視線が逸れたところで、すかさずテレビを消す。テレビが消えたことに気づいたのか気づいていないのか、霧雨篠は今度は嬉々として言葉を続ける。
「私も発言してきたんだ。吸血鬼の仕業かもしれない、ってね」
「吸血鬼、ですか……」
祟りの次は吸血鬼ときた。いくらこの世ならざるモノが存在すると身をもって体験したとはいえ、未だに実感が湧かないのが本音だ。
「知らないかな?」
「いえ、知ってます知ってます!」僕は慌てて首を縦に振った。霧雨篠の講釈は総じて長い。「血を吸う化け物ですよね。ハロウィンとかでよく見る」
「吸血鬼ドラキュラ。ルーマニアはワラキアを治めたヴラド三世をモデルとした怪物だ」
僕の努力も虚しく、霧雨篠は滔々と語り始めた。
「ドラキュラはドラゴン騎士団に所属した父ドラクル公の子、という意味なんだが、いつしか悪魔と混同され、ドラキュラ自体が吸血鬼を指す言葉となった。ヴラドはオスマントルコの侵略から領地を守るため、大量の捕虜を串刺しの刑に処した〈串刺し公〉だ。敵対するメフメト二世は林立する串刺し死体を目の当たりに、士気を削がれたという――。この串刺し刑はオスマントルコ兵以外にも、貴族や平民にも行われていたらしく、ヴラドは敵味方問わず畏怖の対象だった。だからこそその末路は暗殺されたのでは、とも言われている」
「串刺しですか……」
僕の背筋が冷えた。あまりにも過激すぎる。それとも、強大なオスマン帝国にはヴラドが冷酷に徹しなければ歯が立たなかったのか――
「一般的な吸血鬼の原型は女吸血鬼カーミラなんだが、このカーミラのモデルと言われる〈血の伯爵夫人〉こと、エリザベート=バートリもヴラドの子孫という説もあるね。彼女は若い処女の生き血に異常な執着を見せ、600人あまりの娘を拷問の末惨殺したと記録に残っている。鉄の処女と呼ばれる拷問器具が彼女のお気に入りだったそうだ」
饒舌な霧雨篠は、心なしか楽しそうだ。話の内容もさることながら、人間ほど恐ろしい生き物は存在しない、と僕は最近考えるようになってきた。
先ほどとは別の意味で背筋がひやりとしていたその時、霧雨篠のスマートフォンが場違いなほど軽やかなメロディを奏でた。
「もしもし、カゲリ?」
電話の相手はカゲリらしい。相変わらず、僕はカゲリが日中どこで何をしているのか、知らないままでいた。
「――へぇ! それはいい。こっちへ連れてきてくれ」
「何かあったんですか?」
訊ねる僕に、霧雨篠は悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。
「被害者の幽霊が見つかったそうだよ」
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