閑話その一 馬鹿げた話
「ただいま…」
家に帰ってきた。重い鉄製の扉が後ろでガチャリと閉まる音がする。
私は靴を脱いでゆっくりとした足取りでリビングへと進む。
「あら…?おかえり。遅かったわね…文化祭の買い出し。」
「…うん」
お母さんの声が、遠くの方から聞こえる。どうやら晩ごはんを作ってくれているみたい。…今日はちょっと作る時間が遅いのね。きっと行きつけの裁縫教室で、ママ友と色々話してて遅くなったって感じだろう。
「…ちょっと、雪香?大丈夫?いつもより元気ない声ね…」
「…あ!だいじょうぶ!ちょっと疲れちゃっただけだから。」
「そう…なら良いけど。まだご飯まで時間あるから、勉強してらっしゃい。」
「はーい。」
心配そうな母の声に向かって、私は気の抜けた返事をする。
服も大分乱れてるし、ちょっと血も付いてるから早くお風呂に入りたいところだけど…沸かすのも時間かかるから少し単語でも覚えておきましょうか。着替えれば、少しはさっぱりするだろうし。
二階まで上がり、自分の部屋へ入る。
単語帳何処だっけ…と思うのは頭だけのようで、体は勝手に休息を求めてベッドに歩を進める。
私は、着替えるのも忘れてベッドに飛び込んだ。ボフンッ…と倒れた瞬間、体から力が抜けていく。起き上がる気にもなれない。
カーテンを閉めなくても、外はもう真っ暗。開けっ放しのドアから入り込む光が、少しだけ部屋を照らす。
ベッドの上の感触も今までよりも心地よく、自分が本当に今までこのベッドに寝ていたのかと疑問に感じるほどだった。
私のまぶたは、スーッ…と落ちていく。
そして…私は、夢を見る。
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「あっ…!」
あの子が、川上くんが、前につんのめった。そのまま、人混みへダイブしていった。
倒れる音はしてこなかった。人の泣き叫ぶ声と、不快な金属音が大きすぎて。
「はぁ…はぁ…」
同時に、隣に一がいないことを感じて、猛烈な不安感が私を襲った。
さっき背中を擦ってくれたお陰で、大丈夫って言ってくれたお陰で、私は平静を取り戻せた。それに川上くんの心の音の鼓動を心地よく感じる余裕さえ生まれていた。
ホッとした。その瞬間。彼はいなくなった。何処へ行ったのかは、もう見えない。
私は困惑するとともに、川上くんに怒りを覚えた。
大丈夫って、何が?平常心?馬鹿じゃないの!?こんな状況下で落ち着けるわけ無いでしょ!!
何よ!急に手を胸に当ててきて!!一体何がしたいのよ!!しかも、あっけなく電車の衝撃に飛ばされて…!あの顔は何よ!どうしてこんな状況で、笑顔でいられるのよっ!!!!
こんなこと思うべきじゃないのは分かっていた。この現象は、川上くんのせいじゃないことも、むしろ川上くんは、少しでも私を落ち着かせようと…助けてくれようとしてくれた。
それでも、誰かのせいにしなくっちゃ、気が狂いそうだった。
だって、信じられなかったから。
自分が、こんな目に合うなんて。
そのまま、電車はぐんぐん進む。速度も上がる。体にかかる圧力が、高まっていく。
どうしようもない。どうすることもできない。誰もかもが…絶望に染まった顔をしていた。
いつの間にか、あれだけ騒いでいた車内は静かになってしまった。立っていたひとたちもみんなすわりこんでしまった。
誰かは泣いて、だれかは放心して、だれかはわらって。
このまま…どこかでぶつかって…ぺしゃんこになって…
みんなみんな、これから…赤くなって、ぐちゃぐちゃになって、どっかーん…
あぁ…あはは。
わたしは…わたしたちは…ここで
しぬんだ。
瞬。
まどのそとに…なにかがみえた。なにかは、分からなかった。
でも、なにかがみえた。
でんしゃも、じぶんも、なにもかも、ぜんぶおそくなったきがした。
しろいかみを二つむすびにして、小さなぼうしのアクセサリーをつけている。
服はぜんしんまっ黒で、風になびいてひらひらしている。まるでどこかのものがたりにでてくる、怪盗みたい。
仮面で隠された顔から覗く、空よりも海よりも、蒼い瞳をこちらに向けてくる。
無感情。無関心。目があったことを不思議に思うようなその顔。
何で外に人が、とか何で電車と同じ速さでいるのか、とかなんでそんな格好をしているのかとか、そんな些細な疑問はどうでも良かった。
私がここで浮かんだ感情はただ一つ。
ただ…可愛らしいな…と。
私の胸元までしかないくらいの背丈をした女の子。
そんな子が…空を飛んでいた。
「ッ?!」
グワンッッッッッッッッッッ!!!
「わッ?!」
時が、動き出した。
同時に、体が向いていたのと逆側にふっとばされそうになった。
一体何が…と窓をまたふと見ると、あの子はいなくなっている。
「何がどうなって…って…」
そのまま窓を見つめる。
今までずっと細い線のように流れていた景色が…今では実体を伴っている。
家に、車に、バイクに。電柱に、踏切に、人に。
「減速…してる…?」
と思ったその時。
――kwstyr…―
「え?」
頭の中に…声が…?
もういろんなことが起こりすぎて頭がパンクしそう…
一体何が起きているの…?この状況…何で電車の速さが遅くなってるの?もしかしてあの子がやってくれたの…?でもどうやって…
ああ、それにこのものすごく低くて唸るような声…一体なんて言ってるのか全く聞き取れない…
――smtきtrdkdm…zっちんbtkrstyr…!!!――
「あ」
唸り声。一際大きな、叫ぶような音。
途端に体が浮き上がる。
うき…あがる?
な…んで?
――kんwtsんsみhっkなrぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!――
その声を聞いたあと。
私は地面に打ち付けられて。
そこから、駅の事務室まで搬送された時まで…記憶がない。
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「ん…うぅ…」
目が覚める。
なんだか頭が痛い…
うう…今何時…って、まだ帰ってきてから十五分も経ってない…
私は腕時計を見るため上げた手をだらん…と落として、脱力する。
「今のは…夢?」
夢と言うには、あまりにも現実に忠実すぎる内容だった。
さっき起きていたことが、まるで映画のように、完璧に演出されて、私の頭に焼き付かれていた。
「…わたし…生きてるんだ。…不思議だなぁ」
思い返してみても、なんとも不思議な出来事だった。
私は寝返りをうってうつ伏せになり、スマホの電源をいれる。
今回の事故(?)で、警察に事情聴取もされたし、私がそこから開放されて出てくるときには、たくさんのメディアというメディアが駅のホーム近くにごった返していた。
ならば、きっとどこかしらの局ででニュースになっていることだろう。
と思ってニュースアプリを開く。
「大見出しだ…」
タップする。
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〇〇月☓☓日の記事。
『電車車両のコントロールジャック 時速400kmで走行するも、死傷者なし』
〇〇月☓☓日。午後六時過ぎ頃、都内線の快速列車、羽田空港行の車両が、突如何者かにハイジャックされ、コントロールを失い、時速400km近くの速度で暴走するという事件が起こった。
暴走を始めたのは△△町付近からで、そこから徐々に加速し最高速度434kmを観測。そのまま、終点である羽田空港駅へと突っ込んだ。
しかしながら、終点前およそ2〜3kmの付近で急減速し、車体が跳ね上がるも、無事線路に着地し、そのまま減速して停止した。
この事故での死傷者は奇跡的におらず、重症者数名、軽症者も数百名程度で済んでいる。
警察は、何者かの愉快犯であるとし、殺人未遂、人質強要行為処罰法違反などの容疑で捜査を進めている。
また、何人かの証言として『白髪の少女が電車を止めてくれた』というものがある。
警察に送られた写真や動画及びSNS上にアップされているものもあり、状況証拠は多分に残っている。
警察はその少女の身元特定も同時進行で進めている。
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大分と大雑把だが…やはり乗っていた。
白髪のあの子を見た人は、私の他にもいたようだ。ムム…私だけだと思っていたのに…
というか、434kmも出ていたのか。…在来線で使われる電車って、そこまで速度は出ないはずじゃ…
疑問に思いつつもそのまま、コメント欄を見る。
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(^^)名無しさん
白髪の少女てwwwと思ってツイター見たらマジでいて草
(^^)名無しさん
この女の子が止めたって言う頭がお花畑な人は精神科をおすすめします。
あり得るはずがない。この世界は漫画やアニメの世界ではないのですから。
(^^)名無しさん
俺この電車の中にいたけど、マジでいたぞ。
先頭車両で見てたけど、ほんとに止めてた。しかも素手で。
電車浮き上がったときも、空飛んでたし。
マジで感謝しかない。命の恩人。
せめてお礼だけは言いたいから、いつかまた出てきてほしい。
(^^)名無しさん
ロリかわええええええええええええええええええええええ
(^^)名無しさん
これが救命ヘリならぬ救命ロリですか
(^^)名無しさん
あほくさ。こんなデタラメオカルト記事信じるやつおんの?
もっとまともな嘘書けよ。
信じてるやつ頭キメてるだろ。
もっとキメてヒキニートして◯んでろや。
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…フフッ。救命ロリ…か。言い得て妙ね。
そのコメントに、ハートマークをつけることにした。
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その翌日。
あのあと私は、お母さんに事故のことを話してびっくりするくらい心配されながらも、学校へ登校した。事情は一応学校側にも話してあるから、少しだけさぼってちょっと遅くに来ちゃった。なんだか特別な感じがしてイイね。
ガラガラ…とクラスの扉を開け、中に入る。
すぐに数人の女子が話しかけに来る。
「おはよう!柳さん!昨日のニュース見た?」
「ああ…電車の…」
「柳さん、いつもあの電車を使って登下校してるでしょ?大丈夫かなって…」
「ええ。大丈夫よ。その電車には乗ってなかったから…」
…あれ?どうして嘘ついたんだろ。自分でもわかんないや。
「良かった…『一輪の花』の柳さんの顔に傷がついたらどうしようかと…」
「もう…そう呼ぶのはやめてって何回も…。ってあ。もう授業時間だから…またね。」
「うん!じゃあね!」
そう言って私は席に座る。
はぁ…準備しよ。
数学の時間だ。っと…教科書忘れて来ちゃった。そっか…昨日は(主にお母さんが)アタフタしてたから用意してなかったんだった…
「見ます?」
「え?ああ、ありがとう。ってっ…!」
「静かに。」
そっと差し出された教科書の持ち主を見て声を上げそうになった。
隣に座るのは川上くん。地毛が赤毛という派手派手な見た目をしておきながら、少し根暗で慎重なちょっと変わった子。
びっくりした…あの時から探してたのに見つからなくて…お礼も何も言えてないのに…
私は、川上くんに問いかける。
「…あれからどこ行ってたの…?」
「病院。頭打って気絶からの搬送。即日退院はいけたけど…暫くコレはつけとけですって」
そう言いながら彼は、頭の包帯をトントンと指差す。
それを見ると、痛々しさで目を背けたくなる。
「いやぁ〜人混みで足元うずくまってたらだめ!ってネット掲示板に書いてあった理由がよぉ〜く分かりました。…蹴られ踏まれ、ゆり揺られ…ほんっと死ぬかとおもいました。昔これ見て嘘乙wって言ってた自分スクリーンに埋めてやりたいっす」
……
フフッ…
「フフフッ…アハハ!」
「…?どうかしました?」
「いや…ちょっと…なんだか心配してた私が馬鹿みたいね!」
「へ?あの…心配してくれているのはありがたいんですが…急に声を上げて笑うなんて…別に柳さんのことよく知ってるわけじゃないけど、なんだかおかしいですよ?だいじょぶですか?事故で頭イッてないです?」
ポカンと口を開けたまま固まる彼。
フフフ…頭イッてない…か。昨日の今日で名前を知った人のにそう言われるのは初めてだよ…
そうよね。
…あっはは!なんだか今後の学校生活、すっごく楽しくなる予感がするわね!
「ふふ…そういえばまだ面と向かって自己紹介してなかったわね!私は柳雪香。これから私はあなたの友達よ!よろしくね♪」
あの女の子…救命ロリって子も…友達だといいな。
異世界無双後のテンプレはスローライフだけど私はそんなことない。 COOLKID @kanadeoshi
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