ユイ・イツ・ム・ニ
しょっフル
鉄橋の上で
「お客様?年齢を確認できる物はお持ちですか?」
コンビニでアルコールを買おうと冷えた瓶をレジに持っていくと店員に聞かれた。
「は?」
俺は半ギレで聞き返す。ここに来るまで既に酒を浴びるように飲んでいるので店員が何を言っているのか理解できなかった。
「年齢を確認できる物はありますか?」
店員のおっさんは動揺せず、再度聞く。
俺は思いっ切りおっさんの顔を睨む。
おっさんは笑みを更に深くするだけで、俺が反抗的な態度を取っても全く動揺しない。
暫く俺はおっさんを睨んでいたが、諦めた。
舌打ちをし、ここには二度と来ないことを誓いながら店を出た。
駐輪場に止めてあるロードバイクに跨り、真夜中の車道を無灯火で爆走する。
「クソジジイ死ねええええ!!」
俺はリンリン鈴虫が鳴いている夜道で喚き散らす。
二十分程、車道を進むと夜空に綺麗な上半円の影を作るアーチ橋が見えてきた。日中ただでさえ人気が少ないこの鉄橋は深夜になると無人になる。
俺は自転車を鉄橋の手前に群生する茂みに隠し、人目がないか辺りを確認する。
誰もいないことが分かると、緩やかな傾斜を描くアーチ橋の梁を歩く。
コツ、コツと硬い反響音を楽しみながら鉄骨を歩き、頂点を目指す。徐々に地面と離れていく感覚は何度味わっても興奮する。
やがて視界を遮るものが無くなり、眼下には夜景が拡がっている。
周辺は霊園があり、所々墓石が密集している。
そこから少し離れた場所に工業地帯がある。真下の道を数十分に一回の頻度で走り抜けていくトラックはきっとあそこに向かっているに違いない。
俺は落ちないように気を付けながら寝転がる。ここは少し前に見つけた秘密の場所だ。夜中であれば、暗闇に紛れて誰かに見つかる心配も無い。誰の邪魔も入らずこうして星を眺めながら休むのに適していた。
しかし、今日は慣れない酒を大量に飲んだせいか頭の中がぐるぐるする。
ぐらぐら揺れる視界に光る星々と月。濁流のように押し寄せる思考の波。
不思議な気分だった。蒸発した親父が毎日酒を浴びるように飲んでいたが、少し分かった気がした。
止めることが出来ない思考は別れた彼女と最後に会話したシーンを何度も繰り返す。
「あなたは人と違う」
「普通の人は皆やりたい事がある」
「将来に向かって頑張っている」
「でもあなたは何もやっていない」
「人と違うあなたに付き合うのが疲れた」
「別れましょう」
一年も前の出来事なのに鮮明に思い出す。
やっすいレストランで真剣に話していた彼女に何も言い返す事ができない俺。
何故あの時も俺は我慢したのだろう?
答えは簡単だ。初めて付き合った人だからだ。
大切にしようというしょうもないエゴが別れた今も好きでいようとしているのだ。
彼女の提案をあっさり承諾した割に女々しい自分が情けなく、無性に腹が立ってきた。
「クソがよ。何が将来だよ」
今更だが、愚痴ろう。酒はないが酔いは最高に回っている。
「てめえのつまらない価値観で俺を測るな!」
何故やりたいことがないといけない?
「アルバイトの何がいけない?デートする度に金を出していたのは俺だろうが!」
女は自分磨きに金が掛かるって?ふざけるな!
「それに毎回ダル絡みするつまんねぇゴミども!お前らも同類だ!」
俺がお前らより劣る?ただの親の脛齧りに?
耐え難い怒りの矛先は身の回り全てを否定する。
俺は三年間、いや、この時まで我慢していた今までの分の含めて撒き散らす。
「親ガチャに恵まれたお前らに俺の苦労が分かるものか!」
俺はあそこでよく学んだ。救いはないからこそ自分でどうにかするしかないのだ。
それがこの橋の上で酔っ払いながら一方的に罵ることでも良いだろう。
同じ形の人間はいない。いるはずがない。
「くたばれ!クソ野郎!」
思い付く悪態を口にし、もっと芯を捉えた表現をしようとして途中から自分が何を言っているのか分からなくなってきった。
水が飲みたい。
咳込みながら荒い呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻す。酔いが覚めてきたのか不味いことをしていることに自覚する。
・・・そろそろ帰ろう。
心なしかスッキリした俺は坂を下ろうと一歩踏み出す。
すると突然、雨が降ってきたのだ。
ポツポツと降ってきたそれは無慈悲にも豪雨になった。
俺は強風で体が持っていかれないように五十センチも満たない鉄骨にしがみ付く。
マジで死ぬ!
俺は文字通り死ぬほど後悔した。
あれだけ周りを罵ったが馬鹿なことをしているのは俺だ。俺なのだ。
こうしてずぶ濡れになりながら死にたくなくて震えている自分が惨めになってきた。
しかし、これで良いのか?
このタイミングで自意識が過剰に反抗する。そして自問自答した結論は
『ありのままでいたい』
で、あった。
だったら受け入れようじゃないか。この盛大な歓迎を。
戻ることを捨て、しがみ付くことを辞めた俺は集中力を最大限に研ぎ澄まし、格子状に入り組む鉄骨の中心へ進む。足場が更に狭くなる為、毎回見送っていたが今だからこそ進む時だ。
渡ってやるよ。反対側に。
風向きが変わる暴風を身体の向きを変えながら捌き続ける。
絶対負けねぇ。
もはやここまで来ると何と戦っているのか分からない。なんだっていい。やると決めたからやるのだ。
すり足で着実に進み続け、なんとか中心まで辿り着いた。
俺は弾丸のように叩きつける雨を堂々と受けながら仁王立ちをする。
「3メートル?4メートル?くだらねえな!」
俺は迂回せずその場から飛ぶことにした。
高揚している俺を止める者はいない。限られたスペースで僅かな助走をつけて身を投げる。勢い良く上昇する気流に身を突き上げられながら両腕を広げ宙を舞う。この時の全能感は忘れない。
ガツン!っと腹部に衝撃を受け、真下へずり落ちそうになる身体を打ち付けられたボルトを掴みなんとか支える。宙へ投げ出された足をジタバタさせながら懸命に身体を引き上げる。
「あっぶね。本当に死ぬところだった」
嵐の中一人、俺は笑っていた。やっている事はおかしいのにあり得ないくらい凄いから満たされている自分がいる。
この事を話しても誰も信じないだろう。だが、それがどうした。
俺は天に指をさし、呟く。
「唯一無二」
と。
ユイ・イツ・ム・ニ しょっフル @sho_hhul
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