第42話:第七層へ

 ◆


 君とモーブの剣の業前には実際の所そこまでの差はないが、身体能力では大きな差がある。


 子供と大人以上だ。


 モーブは大した騎士ではあるが、腹に破城槌の一撃でも喰らえばバラバラになってしまうだろう。


 ドテッ腹に大穴どころでは済まない。


 上半身と下半身が物別れとなり、周囲一帯に内臓がぶち撒けられる事は必至だ。


 しかし君は耐える──腹筋で! 


 それほどの差がある。


 通常、ここまで差があれば余程事前に打ち合わせなければ連携など上手くはいかない。


 しかし──


 騎士が間合いを詰めると同時に、君とモーブは刹那の動きで連携の構えに入った。


 タイミングを合わせる必要はない。


 目で合図をする必要もない。


 この瞬間、君はモーブそのものとなっていたからだ。


 モーブも同時に君となっていた。


 両者の互いの精神が触れ合い、魔力が交錯する。


 君とモーブの呼吸、そして刃の軌跡までもが完璧に重なり合っていった。


 二人の剣が同時に閃く。


 君の一撃が右肩から腰へと深々と切り裂けば、モーブの剣もまた左肩から斜めに突き進み、二つの斬撃が交差し──深紅のX字が騎士の体を裂いた。


 魔力と精神が共鳴したからこそ成し遂げる事ができた鮮やかな一撃だった


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「これは……」


 モーブは絶句する。


 踏み込みの鋭さ、剣撃の力強さ──明らかに自分が出来る動きではなかった。


 しかし自分の動きだとも感じていた。


 キャリエルもルクレツィアも目を瞠っている。


 ◆


「お兄さんすっごーい!」


 キャリエルがぴょんと飛び跳ねる。


「ねえ、私にも出来るかな?」


 君は頷いた。


 ただ、と君は王国仕込みの連携攻撃の弱点というか、 使もある事を説明した。


 それは魔力の同調の深度は、相手、あるいは自身がどこまでお互いを受け入れているかによるという点だ。


「えっとー、つまり、あんまり信用してない人とは上手くできないってこと?」


 キャリエルの問いに君は頷いた。


 ふとキャリエルは君を眺めて、自分はどこまでお兄さんを信じているのだろうか、と考える。


 ──お腹を貫く冷たい刃


 ──刃をかき回された所が物凄く熱くなって


 ──嗚呼その熱さが私の命なんだ、これが冷めちゃった時、私は死ぬんだ


 ──そしてやっぱり私は死んじゃって。でも生きてる


 ──きっとお兄さんが


「私は、お兄さんになら、何をされてもいいけど……」


 キャリエルがいきなりそんな事をいう。


 だが続けて


「あ、あ! いや、そういう事ではなくて! とにかく、お兄さんは私を助けてくれた人だからッ……!」


 と言い訳するように付け足した。


 顔は赤面しており、果たしてナニを考えていたのか。


 まあ彼女からしてみれば、君は一度は落とした命を拾ってくれた恩人だ。


 君のためなら大抵の事はやってのけてやる、という想いがある。


 もし君がキャリエルに抱かせろと迫ったのならば、キャリエルは戸惑いながらもそれをあっさりと受け入れるだろう。


 君はそんなキャリエルに "GOOD"らしい律義さを見出し、次は一緒にヤろうとポンと肩を叩いた。


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「むうう……」


 ルクレツィアは先を歩く君とキャリエルの背にねばつく視線を送る。


 そんなルクレツィアに飽きれた視線を送るモーブ。


「ルクレツィア様、そんなにうらやましいのならば、貴女も一緒にやってみたいと言ってみればよいではありませんか」


「おだまりなさい! わたくしはいざという時に備え、後方で控えているべき身なのです! 私が最前線に出てどうするのですか!」


 強力な治癒の術を扱えるルクレツィアは、死ぬ順番としては最後だ。


 まあ君もルクレツィアなど比ではないほど強力な治癒の術が扱えるのだが、ルクレツィアとは違って9回という回数制限があるし、休んで精神力を回復ということもできない。


 一晩ぐっすり休まなければ決して使用回数は元には戻らない。


 そういう意味で、ルクレツィアより治癒の術に長けているからといって、彼女が不要という事には決してならない。


 その辺の事情もルクレツィアは知っているし、だから文句を言うつもりはないのだが、それはそれでこれはこれである。


 ルクレツィアは単純にキャリエルがうらやましかった。


 魔力の同調? 


 心意を合一し、精神世界での一体化? 


 ルクレツィアの頬に紅が差した。


 掌で頬を覆いながら、チラチラと君の背中を見やる。


 確かに経験はないものの、想像力だけは豊かなこの聖女は、君との繋がりを色めいた形で思い浮かべていた。


 魂を通わせ、精神を一つに溶かし合わせるなど──それはまるで、まるで。


 頬の赤みが首筋まで広がっていく。


「はぁ……」とため息をつくモーブ。


 ルクレツィアの視線の先とその紅潮した表情から、彼女が何を想像しているかは容易に察しがついた。


 やれやれと首を振る。


 ◆


 しばらく歩いていくと、道が二手に分かれていた。


 仲間たちの視線が君に集中する。


 迷宮の空気が粘つく舌のように肌を舐め、選択を迫る。


 "稼ぎ" か、 "攻略" か──答えは既に決まっていた。


 これはライカードの冒険者に限った話ではないのかもしれないが、探索には2種類ある。


 それは財宝やあるいは自身の成長を目当てとした探索と、特定の魔物の討伐や、救援といった目的が明確な探索だ。


 而してこの探索はどうかといえば、いうまでもなく後者である。


 ライカードの冒険者は地図に空白があると精神の均衡を欠くという悪癖があるが、瘴気の底で君を待ち焦がれている者がいるとなればいる暇などはないだろう。


 君はキャリエルに、どちらにかを尋ねた。


 するとキャリエルは瞳を不安に震わせ、細い指で左を指し示す。


「深い穴の奥に、何かが立っているような……」


 キャリエルのか細い声が闇に溶けていく。


「それで、じっと……こっちを見てる気がして。私たちが近づいてくるのを待っているみたいに。私、こっちには行きたくない……けど、お兄さんにとっては違うんだよね?」


 キャリエルが君を見て言うと、君は分かっているじゃないかとばかりに頷いた。


「だと思った。うん、でもついていく。足手まといにならないように頑張るね」


 ・

 ・

 ・


 そうして左へと進んでいくと、第七層への階段が姿を現した。


 この夜の全ての厄を孕んだかの様な不吉さに、仲間たちは足を踏み出せない。


 その時、君もまたこの階段にある幻視を得ていた。


 巨大な無貌の何かが大きく口を開き、君たちを待ち構えている。


 暗い粘液を滴らせながら、君たちを飲み込もうとしている。


 君の口元がニヒルに歪み、そして思う。


 俺という毒を飲み込んで──ただで済むと思うならそうしてみるが良い、と

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