桃色のマホウ
かんたけ
第1話
おーい! そこの君! そう君だよ! 桃色の格好の君! いやー、この服はなかなか重いな。声がくぐもって届きそうにない。
それでもいうぜ。
君は、魔法使いなんだ。見た人をみんな幸せにする、最高の魔法使い。
俺は、生まれてこの方、魔法なんて信じてなかった。神だって信じられなかった。あるとすら思ってなかった。けどな、君を一目見て、魔法を実感したよ。いやー、あれはすごい。今も、ここんとこに響いてる。ぐらぐらぐらぐら、俺、どうにかなっちまいそうだ!
や、どうにかなっちまったのは、あいつの方だな。
…ああ、盗人がいてさ、どうしようもないやつなんだ。家族も恋人も友人も、知り合いすらいねえの。そいつは木こりになりすまして、空き巣に入っては食料やら金目の物やらを盗んだ。
沢山殺して、沢山盗んだ。遊び呆けるくらいの金があるでもなく、食い繋ぐって言うほど困ってる訳でもない。
盗人はただアレが欲しくて、森を転々とした。
ある時、ここらじゃ見かけない、若い男を拾った。のっぺりとした顔立ちで、目は細長く不気味。
男はひどく落ち着いていた。神を信じてるのか、手には、十字架がくっついたような、赤い…トリイ、だったか? を、持っていたんだ。
男は盗人に春を売った。
サクラとか言う、淡い桃色の花を、目の前でぽっと咲かせて見せたんだ。盗人は仰天。柔らかい花びらを両手で包んで、まじまじと見つめた。それが、盗人が求めていたものに、1番近い物だったからだ。
盗人は男に詰め寄った。
「どうすれば、それが手に入る?」
男は笑って、首を振った。
「分かりません。これは、多分、君がいたからできたことです」
「どう言うことだ?」
「それは、分かりません」
「本当は、知っているんだろ。人はそうやって嘘をつく。吐き続けて、自分が有利な方に持っていこうとする」
「そうなんですね」
男は仮面のような笑顔で、盗人の話を聞いていた。盗人は、男に絆されたのか、サクラのことを知りたかったのか、彼に着いてくるようになった。
人殺しが人を拾うなんて、あると思うか? けど、そうするくらい、盗人は馬鹿だったんだろうな。
男は宣教師のようなことをしていた。首には、ジゾウボトケとか言う焼き物を飾り、石ころのついた細い腕縄を鳴らし、各地を巡った。
勿論盗人も、男の後ろに着いて、やはり盗みと殺しを繰り返した。
相手が限定されたのは、いい変化だったんじゃねえか? 貴族相手によく立ち回ったよ。そんで、盗んだもんは食糧を残して、バラバラに砕き、自分の武勇伝付きで、爪の先ずつ村人に配った。村人たちは、喜ぶ者もいれば、罪に問われないかヒヤヒヤする者もいたよ。結局金品は物見櫓の下に埋められてな。残ったのは、盗人の武勇伝と、男が置いていったサクラだけだった。
その武勇伝は、人生の教訓…まあ、反面教師用のやつとして、村に語り継がれることになる。
男たちが村を去った後、どうなったかは興味ねえ。老人たちによると、盗人の末路は「どうにかなっちまった」らしい。
すまんな。男が何処へあったのかは、俺にも分からねえ。
ただ、男のサクラは、村人たちの墓の隅で、今も咲いてるよ。
桃色のマホウ かんたけ @boukennsagashi
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