第16話 僕は絶対零度の微笑みを浮かべる
僕はマリアン様に導かれて、生徒会室へとやってきた。クラスメイトであるローザ嬢とテオフィルも一緒だ。
ふたりきりにならずに済んでホッとするが、ローザ嬢が遮音と侵入不可の結界を張ったことに違和感を感じた。そこまでするほどの相談内容に心当たりがない。
側近のお役目はしばらく休んでいいと言われていたが、それでも最低限の情報は入ってくる。
「マリアン様、殿下についての相談とはどのようなことですか?」
「うふふ、ライオネル様。そう焦らないでください。今日の授業は免除するように、先生方には伝えてありますわ」
「……それは、どういうことでしょうか? それほど深刻な相談内容なら、僕ではお役に立てないかもしれません」
ニヤリという表現がふさわしい笑みを浮かべて、マリアン様が口を開く。
「私、ライオネル様には生涯お兄様に仕えていただきたいと思っておりますの」
「もちろん、殿下が望まれるのであればそうするつもりです」
「ですけれど、今は側近の役目はお休みなさっているでしょう?」
「はい、それは——」
「ハーミリア・マルグレンの事件があったから、ですわね?」
「……はい」
ねっとりとした口調で絡めとるように話すマリアン様に、嫌悪感が湧き上がる。僕のリアを引っ張り出してきてなにを企んでいる?
事と次第によっては、このまま黙っていられない。例え相手が誰であろうとリアの敵になるならば全力で抗うつもりだ。
「私は生涯、もれなくお兄様に仕えていただきたいのですわ。つまり現状では、ハーミリアさんがライオネル様のお役目の障害になっておりませんか?」
「そのようなことがございません。休暇は殿下がお決めになられたことです」
「その原因がハーミリアさんにあると言っているのです。ですから私、とてもいいことを思いつきましたの」
うっとりとした瞳で頬を染めてマリアン様は言葉を続ける。
「ライオネル様が私の婚約者になればよろしいのよ」
「……なにを、おっしゃっているのですか?」
「ハーミリアさんと婚約解消をすれば、今のようにそばにいなくても問題はないでしょう? 代わりに私の婚約者となって、将来はふたりでお兄様を支えていきましょう」
「申し訳ないが、なにがあってもハーミリアと婚約解消はいたしません。側近の役目を果たしていないとおっしゃるなら、お役目から外してくださっても結構です」
僕の返答が想定内だったのか、余裕げな表情を浮かべてテオフィルに視線で合図を送った。
テオフィルは、胸ポケットから黒い布に包まれた細長いものを取り出して机上に置く。布の中から姿を表したのは、棒状の漆黒の水晶だ。
「これは?」
「王家が所有する禁断の魔道具ですわ。ある装置につけると魔物を呼び寄せる効果がありますの。石の大きさによって呼び寄せる魔物の強さも変わるものですわ」
「……これをどうするおつもりですか?」
「別にどうもしませんわ。でもうっかりどこかの領地に落としてきてしまうかもしれませんわね。例えば、東の川の向こう側とか」
王都の東を流れる川を渡り、三日ほど馬車を走らせればマルグレン伯爵の治める領地がある。広大な山地が領地の半分を占めるが、鉱山を多く抱えておりタックス公爵家が支援したこともあり宝石の採掘で繁栄していた。
ただ、鉱山には魔物も多く潜んでいて魔物討伐が必須なのだ。ただでさえ魔物が現れて危険なのに、こんな魔道具を置かれたら鉱山を閉めるしかなくなる。
なるほど、リアの生家を潰して婚約自体をなかったことにしたいのか。
「そうですか、ならばその時は僕が即刻回収に向かいましょう」
「ふふ、それは難しいと思うわ。だってこの魔道具は何千個とあるのですもの。危険な山だけでなく街中にばら撒いても余るわね」
「だが、そんなことをすれば多くの民に被害が出てしまいます。それは王家として望まないことではないのですか?」
効果はないだろうが言わずにはいられない。そもそも民を大切に思っていれば、禁忌の魔道具をこんな脅しに使わないだろう。
「ライオネル様が私の婚約者になれば、民に被害が出ることはございませんわ」
ローズ嬢とテオフィルは沈黙したままで、動く気配なはい。マリアン様は腕を組んで、僕の返答を余裕たっぷりで待っている。
僕の愛しいリア。彼女の家族や領地は僕にとっても大切な存在だ。なによりも
遠くで授業開始の鐘がなっている。
リアをひとりで教室に行かせてしまった。寂しい思いをしていないだろうか? どうすればこの状況を打破できる?
どうすれば、リアのそばにいることができる?
「ああ、そうだわ。ひとつお伝えしていなかったわね。ハーミリアさんは今日から元のクラスに戻られているから、なにも心配はございませんわ」
「なっ……!」
「うふふ、お父様にお願いしたの。ライオネル様の学業に支障が出ているようだってお話ししたら、学院長に命令してくださったのよ。今後はハーミリアさんとの接触も禁止していただかないといけませんから」
ギリッと奥歯を噛みしめた。
なんの話もしていないのに、突然元のクラスに戻されたらリアの柔らかい心は傷ついてしまう。
この女……許さない。今までは王女だと思ってきたから多少のことは見逃してきたが、もう絶対に許さない。
「今後、もしライオネル様がハーミリアさんに接触されたら、彼女の領地に魔物が大量に発生することになりますわ。ふふっ、メモ紙ひとつも見逃しませんので、お気をつけくださいませ」
マリアン様はますます醜く顔を歪めて、僕の胸元に手を添えた。決定的な言葉を吐いたと気付かない愚かな王女は、機嫌よさそうに笑っている。
リアの領地をたてに脅迫をしてくるなど……なめられたものだ。
相手が誰であろうと、僕のリアの敵ならば容赦しない——
燃え上がった怒りの炎は瞬時に霧散し、冷酷無常な思考が心を凍てつかせる。
猛スピードで敵を排除するための策略を組み立て、ひとつのプランができあがった。
リアに決して向けることのない絶対零度の微笑みを浮かべて、王女に視線を向けた。
「わかりました。では、こちらにも準備がありますのでお時間をいただきたい。しばらく学院には来れなくなりますので、殿下にも挨拶をしてまいります」
「ええ、もちろんですわ! 学院でのことは私にお任せください」
僕の浮かべた笑みの意味に気づかず、王女は嬉しそうに頷いた。ローザ嬢とテオフィルは青ざめた顔をしていたから、少しは空気が読めるらしい。
絶対零度の怒りを抑えることなく生徒会室を後にして、殿下の教室へと向かった。
殿下が在籍している二学年上のクラスの扉を、なんのためらいもなく勢いよく開いた。
先生も生徒たちも驚きポカンとしている。普段なら絶対にこんなことはしないが、今回は緊急事態だから遠慮はしない。僕は殿下に視線を向けて氷のような微笑みを浮かべた。
「授業の邪魔をして申し訳ございません。殿下、至急お話ししたいことがあります」
それだけで僕の怒りが尋常でないことに気付いた殿下は、慌てて教室から飛び出した。廊下を歩きながら、焦った様子で殿下が声をかけてくる。
「ライオネル、どうした? いったいなにがあった?」
「ここではお話しできません。殿下たちについている影も一時的に離れていただきたい」
「……余程のことだな。わかった」
完全に人払いしてくれた殿下に万が一のことがあってはいけないので、王族だけが使える貴賓室に遮音と最上クラスの防御結界を張る。殿下の向かいのソファーに腰掛けて、まずは今朝のことを簡潔に話した。
「マリアンが……ライオネル、本当にすまない。この通りだ」
「ああ、申し訳ないですが謝罪は必要ありません。受けるつもりもありませんので」
殿下は顔色悪く項垂れている。仕えるべき主人に対して無礼な態度は重々承知だが、今はそれよりも重要なことがある。返答次第では殿下も敵に認定しなければならない。
「ひとつ確認したいことがあります」
「なんだ?」
「王女はこの国に必要ですか?」
「——っ!」
殿下は聡いお方だ。この質問で僕がなにをしようとしているのか、察しがついたのだろう。殿下が悩んだのはほんのわずかな時間だった。次の瞬間には為政者の瞳で僕を見据える。
「民を大切にできぬ者に王族を語る資格はない。上には私が話を通す。好きにやってかまわない」
「ありがとうございます。我が主人に終生の忠誠を誓います」
そうして僕は侯爵邸に戻りさまざまな準備をしてから、次の目的地である魔法連盟へと向かった。
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