第2話 ライオネル様は素晴らしすぎるのですわ


「あら、黒板が汚れているわね」


 ライオネル様に学院まで送ってもらった後は、クラスが違うので別行動になる。次にライオネル様に会うのは、ランチの時間だ。


 それまではどんな会話をしようか、ウキウキしながら考えているのだけど学院生活のことは内容を厳選して話している。


「うーん、こんなこと聞いてもライオネル様はつまらないわよね」


 目の前の黒板に書かれているのは。


【ハーミリア・マルグレンはライオネル様に愛されていない!! さっさと婚約破棄されろ!! 強欲女!!】


 確かに強欲女ではある。

 自分に気のない婚約者をいつまでも追いかけ回し、どんなに冷たくされてもアピールし続けて自分のものにしようとしているのだから。


 これを書いた人物はなかなか観察眼のある人物のようだ。もし誰なのか判明して、有能な人物ならライオネル様にとってプラスになるかもしれない。その時はわたくしがさりげなく紹介しましょう。


「あの、これを書かれたのはどなたですの? ライオネル様にご紹介したいのですけれど」

「はあ!? あなたライオネル様に告げ口するつもり!? こんな悪口書かれてますって泣きついたところで相手にもされないでしょう!!」


 そう言ってきたのは、同じクラスのシルビア公爵令嬢だ。水色の髪を美しく巻いて、気品あふれる顔立ちをされている。腰に手を当てたポーズも様になっている。


「シルビア様、よくおわかりですのね。もしやシルビア様が書かれたのですか?」

「違うわっ! わたくしがこの様に低脳な嫌がらせをすると思って!?」

「失礼いたしました。シルビア様でしたらわたくしの実家ごと捻り潰すのもたやすいですものね」

「そうよ……ではなくて、この様なことでライオネル様のお気持ちを煩わせるのだけはやめておきなさい! と言いたかったのよ」


 シルビア様はライオネル様の熱狂的なファンだ。ファンクラブでも一桁代の会員番号だと噂されている。だからこそわたくしが婚約者で気に入らないのだろうけど、高潔な方だから面と向かって進言してくれる。


「ええ、もちろんその様なことはいたしませんわ。わたくし、この手の嫌がらせはまったく響きませんもの」

「そ、そう。ならいいのだけど。先生が来る前にご自身で綺麗にしておくのよ」

「はい、そのつもりですわ」


 それだけ言ってシルビア様は席についた。

 どうやらこの観察眼の持ち主は名乗り出てくれないようだ。もったいないけれど、黒板を綺麗にしていく。


 相手の急所や真実を突く様な嫌がらせをする人物は、内面をチェックした上でライオネル様と接点が持てるように調整していた。

 それだけライオネル様を慕ってくださる方だし、いざという時はライオネル様のために動いてくださる。


 なによりライオネル様の公明正大な人柄に触れて、みな真っ当になり意地悪したことを悔いるのだ。


 わたくしのライオネル様が本当に素晴らしすぎる。


 黒板を綺麗にして振り返ると、ひとりの女生徒と視線が合う。

 ピンク色のふわふわした髪がわたあめみたいでかわいらしい、男爵令嬢のドリカさんだ。クリッとした青い瞳を歪ませてわたくしを睨んでいるように見えた。なるほど、彼女が犯人らしい。可憐すぎてまったく怖くないけれど。


 わたくしはライオネル様のことしか考えていないので、この様な嫌がらせはまったく気にならない。

 大体は事実であったし、こんなことで落ち込んで泣くくらいなら、ライオネル様のためになることをしたかった。なので犯人の方には申し訳ないが労力の無駄なのだ。


 ドリカさんがわたくしに声をかけてきてくれれば、ライオネル様をご紹介しようと思っていたがついぞ接触してくることはなかった。




 そしてランチの時間になり、わたくしは待ち合わせ場所の裏庭へ向かう。

 ライオネル様はいつも先に来て待っていてくれる。こんなところもわたくしの心を掴んで離さないポイントだ。


「ライオネル様! お待たせいたしました。さあ、お昼をいただきましょう」

「ああ」

「そうですわ、今日はランチボックスにライオネル様のお好きなサーモンサンドを作ってきましたの! よろしければ召し上がりますか?」


 今日は食堂ではなくこちらがいいと前日に聞いていたので、ライオネル様のお好きなサーモンサンドを用意してきたのだ。これも完璧な淑女教育の賜物で、クッキーなどの簡単なお菓子やサンドウィッチ、パンケーキなどの簡単なものなら調理できた。


 三カ月前にライオネル様とピクニックに行った時に作ってあげたら、とてもお気に召したのかすべて平らげてくれた。あれはとても嬉しかったと思い出す。


「交換だ」


 そう言って、わたくしとライオネル様のランチボックスを入れ替える。

 ライオネル様はいつもより険しい顔で、黙々と召し上がった。


 あら? サーモンサンドはお好きでなかったのかしら? 前回よりも渋いお顔になっていらっしゃるわ。

 交換まで申し出てくださったのに……ああ、そうか。これも婚約者としての勤めで演出してくださっているのね。

 次があったら違うものにしましょう。


 失敗は次回の糧にして、わたくしもライオネル様のランチボックスをいただく。

 蓋を開けてみると、なんということかわたくしの大好物ばかりが入っていた。きっとこの演出のために料理人に用意させてくれたのだろう。

 こう見えてわたくしはお肉が大好きなので、ポークやチキン、ビーフのボリュームたっぷりなバケットサンドを頬張った。


 わたくしもまだまだですわ。ライオネル様のお心遣いに負けないように、精進しないと!


 こうして楽しいランチタイムが終わり、それぞれのクラスに戻る時間になってしまった。


「ライオネル様、今日のランチはとても素敵でしたわ! わたくしこういう恋愛小説に出てくるようなシチュエーションに憧れてましたの! 本当にありがとうございます!」

「っ!」


 満面の笑みを浮かべてライオネル様にお礼を伝えると、一瞬ビクリと震えてサッと美しお顔を逸らされてしまう。


 しまった、またやってしまったわ。ライオネル様はわたくしの笑顔は嫌いでしたのに、思わず気持ちがあふれて表情に出してしまったわ。


 ライオネル様はわたくしが全力で笑顔を浮かべると、いつも顔を背けてしまう。きっと嫌いな女が笑ったところで、気分が悪くなるだけなのだろう。

 ほんの少し微笑みを深めるくらいなら、平気らしいのでいつも本気で笑うのは控えていた。


「では」

「はい、それではまた帰りの馬車でお会いしましょう」


 そうしてそれぞれの教室へと戻っていった。




 教室へ戻ると、わたくしが座るはずの机と椅子が水浸しになっていた。

 もしかしたら裏庭でのランチボックス交換を見られていて、わたくしがライオネル様のランチボックスを完食してしまったから、勘違いするなと忠告したかったのかもしれない。


「まあ、ちょうどよかったわ。机が汚れてきたから綺麗にしたかったの! どなたかしら? お礼を言いたいわ」


 またしてもバチっとドリカさんと視線が合った。今度は真っ赤なお顔でプイッと横を向いてしまった。

 あら、残念。またお話ができなかったわ。


 仕方がないので風魔法で机を綺麗にして、午後からは快適に授業を受けた。

 なかなか上手くいかないものである。


 そうして帰りの馬車の中では、机を綺麗にしてくれた友人のお話をしたり、風魔法が上達したことをお話しして伯爵邸に戻ったのだった。

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