第44話 王都への帰還

 俺たちは王都へと帰還した。


「師匠の婚約披露パーティーには間に合いましたね」

「思い出させるな」


 はぁ、とため息をつく。


 面倒だ。

 自分で撒いてしまった種、姫との婚約自体は受け入れよう。だがそういうのは書類と判子ひとつですませればいいものを……と思ってしまう。


「俺も参列しますよ師匠。祝福します!」

「お前はもう少し自分の立場をだな」

「?」


 お前が俺に姫を賭けて決闘を挑み、そして俺が勝ってしまった。つまりお前は俺に姫を奪われ婚約破棄に追い込まれたという立場になるのだが……。


 憑き物が落ちたようになっているのは良いが、落ちすぎて色々と忘れすぎていないか。

 本人がそれでいいなら良いが……。


「まあよい。今日はゆっくり休め。屋敷に……」

「あ、俺は自分の家に戻ります。

 師匠は奥方や聖女様とゆっくり水入らずで過ごしてください」

「お前がそう言うのならそうするが……」

「俺も……ちょっとやりたいこと、いや……やっておかねばならぬことがあるので。

 大丈夫、鍛えられましたから。師匠に迷惑はかけません」

「そうか」

「では師匠。……リリルミナ姫を、どうかお願いします。俺の……好きだった人を、幸せにしてください」


 そう言って、テリムは去って行った。


 ……後になって、俺は、ひどく後悔することになる。


 どうしてこの時……この男をいかせてしまったのか。


◆◇◆◇◆


「先輩って、リリルミナ姫様の事嫌いなんですか?」


 ベッドでフィリムが問うてくる。


「……どうしてそう思った」

「だって、婚約に乗り気じゃないように見えますし」

「そんな事はない。俺たちの目的のために……復讐のために、姫との婚約は大いに利がある。合理的に考えて、忌避する理由は、何もない」


 俺はただ淡々と、事実を伝えた。

 それに対してフィリムは、笑った。


「あー……だから、ですかぁ」

「何がだ」

「利用する形なのが後ろめたくて、罪悪感たっぷりなんですね。

 先輩って本当に、冷徹で合理的ぶってるけど、そこんとこ甘いですよねー」

「冤罪だ。俺に罪悪感などないし……罪悪感を抱く資格もない」

「あ、また出ましたよ旦那様の『冤罪だ』が。困った時いつもそれですよね」


 ラティーファも言って来る。


「大事なのは旦那様の気持ちですよ。

 ボクを助けてくれたのも、国を救ってくれたのも、利用するためとかじゃなくて、旦那様の優しさ……本心からの行動だったじゃないですか。そーいうの、わかるんですよボク、野生の勘とか匂いとかで」

「お前を娶ったのも獣王になったのも、俺の意思ではなく半ば嵌められたからだが」

「でも、結局逃げずに受け入れてくれましたよね? 旦那様」

「そうですよ先輩」

「冤罪だ」


 俺はシーツを被る。


「テリム君への義理とか罪悪感、責任感があるなら、それこそ姫様を受け入れるべきですよ。テリム君、完全に姫様のこと吹っ切ってますし」

「……今の奴なら、姫を任せられるとは思うが」

「もう! 素直になりましょうよ! そういうのじゃなくて、先輩の意思です」

「……俺の意思、か」


 俺がリリルミナ姫をどう思っているか。

 美しく、健気で責任感が強く、立派な少女だと思う。そして同時に、不器用な子だなとも感じる。

 だから、放っておけない。

 あと、まだ成長途中だが、将来は育つだろう。あれだけ可愛いのだ、きっといい女になる。

 そういう意味では、興味がないわけではない。


 だが……


「やはり俺には、無理だな」

「えぇ~」


 ……彼女には、相応しい男がいる。

 あのような真っ直ぐな少女には、俺のような男は相応しくない。

 俺のような、復讐のために勇者を騙る浅ましい卑劣漢には。どうせいずれボロがでるだろう。俺は元々、日陰者なのだ。あのような……


「あ、まためんどくさい事考えてる顔ですね、これ」

「大丈夫ですよラティちゃん、こーなった先輩は落ちる手前だから。必死に理論武装してるけど陥落寸前」

「……お前らは少し黙れ」


 腹が立ったので、二人を無理やり黙らせた。



◆◇◆◇◆


「勇者様? テリム様に何したのですか」


 王宮にてリリルミナ姫に突っ込まれた。

 何って……確かに、何をしたと言われても仕方ないだろうな、あの変わりようは。


「弟子入りを頼まれたので、鍛えただけです。すぐに逃げ出すかと思ってましたが、想定以上の根性を見せました」

「テリム様を鍛えた……!?」


 リリルミナ姫が驚愕している。まあ驚くか。


「昨日、テリム様と会ったのですが……いきなり頭を下げられ謝罪されまして。

 今までのテリム様では、絶っっっっ対になさらない態度でした」

「絶っっっっ対、ですか」

「はい、絶っっっっ対です」


 どれほど人望が無かったのだ、以前の彼は。


「さすが勇者様です。教師としても優秀なのですね」

「それならよいのですが。彼との訓練でようやく、手加減の方法を覚えたばかりの未熟者であり、学ぶことも多いです」

「勇者様は、テリム様をどのように思っていらっしゃいますか?」

「……彼ですか」

「はい。テリム様は、正直……好ましい方ではありませんでしたから。

 なので戸惑っております。婚約者でなくなり、焦って私に媚びようとしているわけでもなさそうで……その、真っすぐな顔で、今まで悪かったです、幸せを願っておりますなどと言われて……何がどうしたのかと」


 ……なるほど。たしかに姫にとっては青天の霹靂といったところだろう。


「彼は、今までが焦りすぎていたのです。公爵家という地位、姫の婚約者という立場、周囲からの期待と重圧……それが彼を歪ませかけた。

 ですが、気づくことが出来た……」

「勇者様の、おかげで?」

「いえ。私の存在はただのきっかけにすぎません。

 彼が自分で気づき、そとて変わる事を選んだのです」


 ただ俺は、背中を押しただけだ。


「彼はきっと強くなることでしょう。この国を背負えるくらいに。アラムも、彼に対して負けないと言ってましたよ」

「まあ、侯爵の御子息も」

「ええ。彼らも随分と仲良くなった。将来が楽しみです。

 それにしても……リリルミナ姫は、彼のことを随分気にかけているのですね」

「それはまあ……婚約者でしたから。正直、恋慕の感情はありませんでしたけど、前までの素行が素行でしたから」


 苦笑する姫。終わったことだからだろうか、結構な言いようだった。

 大事な存在だから気になる……ではなく、逆の感情だったのだろう。

 だが、今はそうでもないらしい。

 よほど見事な謝罪を示したのだろうな、テリムは。

 それでいい。今の彼なら、王宮でもうまくやっていけるだろう。


 人は過ちを犯す。だが、立ち直り、やり直せるのだから。


(……本当に、そうだろうか)


 だが、思う。確かにテリムは立ち直った。今では真っ直ぐな好青年だ。

 だが、立ち直れず堕ちていく者もいる。


 ……かつての部下、かつての友だったギデオン。上司の、軍の命令で俺を裏切り、そしてこの惑星で再会した時……

 堕ちる所まで堕ちきっていた。

 仮に機会があれば、奴は立ち直れていたのだろうか。


 ……そして、過ちを犯しても立ち直れる、やり直せるというなら……


 銀河共和国。


 俺を裏切り棄てたあの国はどうなるのか。テリムを許し認めるということは……俺は銀河共和国に対しても……


「勇者様?」


 リリルミナ姫の言葉に、思考を切り替える。


「なんでも、ありません」


 ……やめよう。


 今は、目の前の事を、明日の事を考えねば。


「それで、明日の……私たちの婚約の披露パーティーの事なのですが」


 前言撤回。

 眼前の、明日の事など考えたくなくなってきた。 ……。



◆◇◆◇◆


『マスター、スーツとアーマー、ブラスター一式が盗まれました』

「そうか」


 精神的に疲れて帰って来たら、アトラナータが報告してきた。


『流石にネメシスはどうにもできなかったようですが』

「この惑星の人間には動かし方もわからないだろうからな」

 起動に必要なカードキーは俺が持っているし、生体認証システムもある。

「他には」

『盗まれたのはそれだけですね』

「そうか」


 シンプルに最低限の確実な仕事というわけだ。


「流石はニンジャ、というわけか」

『ですね。少しばかり認識を改めねねばなりません』

「いやいやいやいやいや!」


 俺たちの会話にフィリムが叫ぶ。


「なにをのんびりと話しているんですか! 大変ですよこれ!」

「安心しろ。お前のスーツとアーマーはノインが飲み込んであるので無事だ」

「それはよかった……って、なんで先輩のはそうしてなかったんですか!?」

「大丈夫だ。あれは使う事は出来たとしても、この惑星の技術では解析も複製も出来ん。それに……使われたとしても問題はない」

「ないって……」

「ただの防具に、ただの武器だ。ギギッガ達ミ=ゴの危険な技術ではない、ただ強いだけの装備だ。

 そしてそれらこそが俺の強さの秘密だと、敵に思い込ませるように戦った」

「山での襲撃の話ですか……」

「うむ。アトラナータにもノインにもギギッガたちにも動かないでいてもらったからな。ネメシスの事はニンジャにも伝わっているだろうが……今はいい。

 ともかく、これで俺は丸裸ということだ」

「それで油断させる、ってことですか」

「うむ。俺が武器も防具も失い、無力なただの男になっていると思い、ニンジャ達は襲撃を仕掛けてくるだろう。

 そこを叩く」

「先輩、すごく邪悪な顔してます」

「冤罪だ」


 だが、自分たちが罠にはまっていると思うまい。


 さあ来い、ニンジャども。

 俺は準備万端で待っているぞ。



 だが。

 その日、ニンジャ達の襲撃は――なかった。


 そして。








「なん――――だと」

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