第43話 ブートキャンプの終わり


「なに!?」


 ニンジャは驚きの声をあげるが、遅い。


 俺の一撃が炸裂し、ニンジャは吹っ飛ぶ。

 同時に、他のニンジャたちが動揺するのがわかる。

 重力過負荷装置。これはテリムにも同じものを渡しているので、そこから漏れていても不思議ではない。

 俺は瞬時に加速すると、他のニンジャたちを次々と斬っていく。

 だが彼らもプロだ。すぐに対応してくる。俺は背後からの攻撃を回避し、受け流し、反撃を叩きこむ。


 ニンジャ達は散会し、距離を取る。

 固まっていては危険という判断だろう。正しい判断だ。


 だが俺は、ブラスターを抜く。

 テリムとの決闘の時に使ったこれは、相手にばれているだろう。さて、どこまで通じるか。


 俺は引き金を引く。

 圧縮された電磁パルスが高速で撃ち出される。

 だが――

 直撃を喰らっても、ニンジャ達は怯まない。


(やはり対処しているか)


 テリムの状況から、電撃による麻痺攻撃だと理解し、ゴムか何かの絶縁体の装備で固めている、か。

 俺は接近戦を挑んでくるニンジャたちをいなしつつ、ブラスターを撃ち続ける。

 だが状況は変わらない。

 彼らは、俺の情報を引き出すのが目的――

 絶縁体の武装でスタンブラスターを無効化出来る、という程度の情報では、満足してくれぬらしい。


 ならば……仕方ない。

 俺はブラスターを構える。


「師匠! それはもうあいつらには……」


 通じない、とテリムが叫ぶ。

 ああ、その通りだ。今まで通りの、安全な電流なら、な。

 俺は指先でブラスターのダイヤルを操作し、そして――撃つ。

 ニンジャは避けない。


 だが――


「ぐわああっ!!!」


 命中、そして――絶叫。


「馬鹿な、電撃は利かぬはず……!!」


 ニンジャが叫ぶ。ここはあえて説明しておいたほうがいいだろう。


「お前たちにはわからないかもしれぬが……電撃には、電流と電圧というふたつの力がある」 

「なに……?」

「電流は、流れる電子の量を表し、電圧は、流れる電子の勢い――圧力を表す。そして電圧が高い電撃は……絶縁体すら圧し通るのだ。これを絶縁破壊という。

 これは、相手を痺れさせ無力化させる力ではない――

 確実に殺すための、死の雷のマジックアイテムだ」


 実際には、巨大な宇宙生物の為のスタンブラスターである。こちらもあくまで非殺傷型だ。


 だが、相手に合わせぬ出力は――容易に死に至らしめる。


「もっと強力な絶縁体を持って出直してこい」


 そして俺はブラスターを撃つ。


 悲鳴をあげながら倒れるニンジャ達。


「……」


 残ったニンジャ達が驚愕の表情を浮かべる。

 俺はブラスターを構え直す。


「さて、これで終わりか? まだ続ける気か」

「……」


 ニンジャ達は互いに顔を見合わせると……一斉に逃げ出した。


(……よし)


「待て!!」


 俺はそう叫び、ブラスターをでたらめに撃つ。


「……逃がしたか」


 そして舌打ちをして見せる。


「生き残っている者は……いないか」


 倒したニンジャ達は、全員死んでいた。何人かは自害したか。

 この惑星のニンジャも、やはり自分の命など塵芥としか思っていない、か。


「切り札を……使ってしまったか」


 吐き捨てる。


 無論、嘘だ。ブラスターのスタンモードの出力調整など、切り札でも何でもない。


 だが……監視がまだいると思って行動した方がいいだろう。故に、嘘をつく。


「師匠……」

「無事だったか」

「はい……あいつら……やはり、父の差し金なのでしょうか」

「わからぬ。だが前に襲ってきた連中とは明らかに質が違った。きっと……また別の敵だろうな」


 おそらく確実に公爵家のものだろう。ただ、今回は様子見といったところか……俺の能力を把握するのが目的だったのだ。

 そう考えると……まだ何度か襲撃があるやもしれんな。


「寝るか」


 念のため、ニンジャ達の死体に数発ずつブラスターを撃ち込んでおく。


 ……反応は無い。完全に死んでいるな。

 そして、穴を掘り、彼らの死体をそこに放り込む。

 無論、その哀れな死体に仕込みをしておくことも忘れない。


「師匠、こいつらの死体は……」

「熊の内臓と一緒にしておけば、獣たちが食って始末するだろう」


 俺はそう言い放った。

 もちろん、本当なら敵の死体は持ち帰り調べるのが常道――だが、今回はあえてそうしないでおくことにした。


「忘れるな。ブートキャンプの途中だという事を。こんな連中に関わっている暇など無い」

「は……はい」


 そして俺たちは、床に就いた。



◆◇◆◇◆


「やはり強いな」

「そのようですね」


 二人の人物が密談を交わす。


「あの男、本当に殺せるのか」

「ええ」


 片方の者は……仮面を被っていた。


「奴の強さは異常です。おそらく、我々よりも遥かに強いでしょう」

「……なに?」


 もう一人の男が眉根を寄せた。


「……どういう意味だ」

「言葉の通りですよ」


 仮面の者は笑みを浮かべる。


「我々の技術は、あなた方のものより上を行っている……しかし、それでもなお、奴は強い」

「ほう」

「だが……同志同胞の死によって、ひとつの答えが見えてきました。

 奴は……天界より降り立ちし星の勇者ではない。

 古代の魔法遺物を手に入れた異国の冒険者……と言ったところでしょう」

「その根拠は何だ」


 男の言葉に、仮面の者は笑う。


「我々の存在を知っていた――この国の人間か知らぬ、我らの呼称」


 それはニンジャ。東方の戦士にして、隠密の技を持つ暗殺者。


「この国には、そんなものは居ない」

「ええ、だから我々は驚いたのです。

 そして彼が真に天界人なら――ニンジャを知るはずがない。星々の世界にどうしてニンジャがいるでしょう」

「確かにな」

「それに、奴は確かに「マジックアイテム」と言った――あの武器も、魔法文明時代の遺産――」

「なるほど」


 男は腕を組み考え込む。


「ならば……どうする」

「簡単ですよ――奪えばいいんです。その力をね」


 仮面の者の答えに男は沈黙した。

 そして――しばらくの後、彼は呟くように言った。


「そうか。では、任せよう」

「ご期待ください。全ては、帝国のために」

「帝国の為に」


 そして、仮面の者――ニンジャは闇へと消えた。


 残された男は笑う。


「そう――全ては帝国の為に。お前はそのためにいるのだ、息子よ」

◆◇◆◇◆


 スペースブートキャンプは続く。


 俺たちはあえてキャンプ地を移動し、様々な状況を想定した訓練を行う事にしていた。

 模擬戦。獣や魔獣との戦い。

 どこの宇宙でも沸いてくる山賊野盗どもへの襲撃。

 ――どもの、ではなく、どもへ、なのは愛嬌だ。恨みは無いがテリムの糧となってもらう。

 いや、地域を預かる辺境伯および獣王としては、連中を野放しにする理由もないが。


「結構捕らえたな」

「はい、師匠」


 テリムはうなずく。


「……師匠のおかげかと」

「それは違う」


 今回の訓練で、テリムはかなり強くなった。


 だがそれは、俺の手腕というよりは、テリムの頑張りの結果だろう。

 俺はただ、かつて自分が行った教練を思い出して行っただけにすぎない。


「俺も、だいぶ手加減が出来るようになった」


 今ではテリムと真剣で斬り合っても、殺さない、傷をつけないという芸当が可能になった。

 これが出来るようになるまで、どれだけテリムを殴りつけ、魔物たちを屠ってきたか。


「感謝する。弟子を教えることで師もまた学んでいく、というのは本当だったのだな」

「いえ……こちらこそありがとうございます」


 テリムは頭を下げる。


「私も、強くなります。必ず、父を超えて見せましょう」

「ああ」


 俺はテリムの肩を叩く。


「お前が強くなるのを待っているぞ」

「はい!!」


 テリムは力強く返事をした。


「俺、強くなって、公爵になって――ヴァハルランス家を正したい。

 そして――この国を背負えるような男に――なりたいです」

「そして姫を妻に――か?」

「かつては、そう思っていたことも……ありました」


 テリムは自嘲するように笑う。


「でも、今は違います。俺は、師匠の弟子として恥じぬようになりたい。

 そして――師匠のように、誰かを守れる存在になりたい」

「そうか」


 テリムは俺を見る。その瞳には、決意があった。


「姫のことは……俺は、姫に幸せになって欲しい。そしてそれを成せるのは――師匠だけです」

「過分な評価だ。客観的に見てみれば、俺の女性関係はそうとうに酷いものだと思うが」

「英雄色を好むといいますし」

「……それで済ますのか」

「レオンハルト殿下なんて奴隷ハーレム築いてますよ。殿下は常々言ってました――自分は奴隷でしか勃たぬと」

「そうか」


 何を言っているのだあの第一王子は。


「アインハルト殿下は熟女や未亡人でしか駄目だそうです」

「……大丈夫なのかこの国は」


 とてつもなく不安になってくる。


「姫は……アインハルト殿下に似て中年、もとい年上好きなのでしょうね」

「待て。俺は中年ではないぞ」


 まだ二十代だ。いや、三十代になったとて中年ではない。壮年だ。


「どうもお前は初対面の時から俺をおっさんだと」

「か、影があり頼れる大人の男性だと尊敬しています」

「ものは言いようか。だがいい加減俺も泣くぞ。慣れているとはいえ俺とて傷つく。

 ――誰にも見せたことのない大の大人の号泣を見せて心的傷害を植え付けてやろうか」

「やめてください師匠」


 冗談で脅してやる。さすがに本気ではない。


「さて」


 俺は立ち上がる。


「この山賊どもを町まで連れて行こう。お前は一人で一日を過ごすのだ」

「一人で……ですか?」

「今のお前なら、この森で二、三日生き抜くぐらいは出来よう」

「……はい」


 テリムは頷く。


 少し前のこいつならば、泣き言を言っていただろうにな。

 成長したものだ。

 俺はテリムを残して山を降りた。

 無論、最低限の監視ドローンはこっそりとつけているが。



 スペースブートキャンプは続く。


 山賊たちを街の憲兵に引き渡す。しかし俺が領主という名目なので、いくら捕まえても褒章は出ないのだ。

 むしろ出すべきなのは俺ということになる。これも全てラゼリア殿に任せるべきか。

 だが獣王国はともかく、ディアグランツ王国の事だからな……

 まったく悩ましい。

 ともかく俺は街で引き渡しを済ませ、フィリム、ラティーファと合流した。


 スペースブートキャンプは続く。

 翌日、俺たち三人は森にテリムを迎えに行った。

 テリムはゴブリンを三匹吊るしていた。

 ゴブリンの首は転がっていた。


「さすがにこいつら食えませんからね」


 テリムはそういった。

 ワイルドになったものだ。



 スペースブートキャンプは続く。


 スペースブートキャンプは続く。


 スペースブートキャンプは続く。



 そして……

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