第41話 宇宙ブートキャンプ
スペースブートキャンプ。
宇宙軍で取り入れられている、訓練方法のひとつだ。
短期間で肉体を苛め抜き、極限まで強化する。
肉体的苦痛を伴うため、脱落者も多いが、それだけに効果は高い。
侯爵の屋敷の庭にて、俺はテリムに説明する。
「テリム。お前には地獄を見てもらう」
「は……はい」
「安心しろ。俺もフィリムもかつてみた地獄だ。死ぬことはない。ただ……耐えられるかどうかだ」
「耐えられなければ?」
「そこで終わりだ。だがまあ……大丈夫だろう。きっと。おそらく。今回の目的のひとつに、俺自身が手加減を覚えるためというのもあるからな」
俺は言う。
テリムは見た目は細い。いかにも優男といった風体である。
最低限の筋肉はついているが……最低限でしかない。
先日の決闘でも、魔法で軽くしていた鎧や剣を装備していた。それではだめだ。
「さて、まずは基礎からだな。
お前は身体操作技術が甘い」
テリムは首を傾げた。
「そ……そうでしょうか」
「そうだ。筋肉が足りないから、動きにキレがない。
お前にはこれから毎日……基礎トレーニングを行ってもらう。戦闘技術を叩き込む前に、な」
俺は怖がらせぬよう、笑顔を向ける。
テリムは俺を見て、一歩後ろに引いた。
「先輩、顔が死神みたいになってます」
「……何故だ。緊張を解そうとしたのだが」
解せぬ。
「が、頑張ります、師匠!」
「うむ」
そして俺は、テリムにあるものを手渡した。
「これは?」
「我々に伝わる魔道具のひとつだ。つけてみろ」
「は、はい」
テリムはそのリストバンドを腕につける。
すると……
「ぬおっ!?」
急にテリムは膝をつく。
「お、重い……っ!?」
そう、これは俺やフィリムが使っている、惑星適応用重力装置。
俺たちの銀河の平均重力率に合わせて、装着者に重力負荷をかける装置だ。
今、テリムには平常時の二倍の重力がかかっている。
「これが、俺たちが普段体験している感覚だ。それに慣れてもらおう」
「こ……これに……ですか……っ」
「まあ、最初だから1.2倍あたりでもいいだろう。徐々に慣れさせ、この二倍の重力で日常生活を送ってもらう」
「そ、それは……」
「有無は言わせん」
俺は言う。
「お前はまだ弱い。兵士でも戦士でもない。
そんなお前に必要なのは、とにかく基礎だ。身体を作ることだ」
「は、はい……」
「お前は勇者の弟子になったのだ。相応しくなれるよう努力するのだ」
「はい!」
テリムの顔つきが変わった。
やる気はあるようだな。
ならばよし。
その時……
「ぼ、僕にもそれをお願いします!」
アラム殿が言ってきた。
「アラム殿。あれは肉体に重い負荷をかけるもの。体がまだ出来上がっていない少年の時分には……」
「それです!」
アラム殿が声を大きくあげる。どれだ。
「テリム様には口調も厳しいのに、僕には丁寧に敬語使ってるじゃないですか! 僕も勇者様の弟子です、それもテリム様よりも先に!」
「……」
「焼きもちですね」
「かわいいです」
フィリムとラティーファが言う。なるほど。
確かに、彼からしたらそう思って焦るのも……無理はないか。
「わかりました。いや、わかった。では、敬語はやめよう。
だが、先も言った通り、お前の身体はまだ出来ていない、成長期だ。この時期に無理な過負荷を強いた場合……逆に弱い身体が出来上がってしまう。
前よりも厳しくはいくが、重力負荷装置を渡すのはもっと後だ。それまで待てるな、アラム」
「はい、師匠!」
「いい返事だ」
そうして俺とテリムは、スペースブートキャンプを開始した。
最初の一週間は、とにかく重力に慣れさせた。
最初は歩くことすらままならない状態だったが、なんとか動けるようになるまでになったところで、そこからはひたすら走り込みと筋力トレーニング。
俺もそうだったが、最初のうちは三十分も走れば倒れる。
だが、倒れている暇はない。すぐにまた走るのだ。
これを十日間続けた。
そして次の段階へ。
「次は、素振りと型の反復練習だ」
「はい!」
もちろん、今までのトレーニングを並行して続けながら、だ。
「う、うぉぉおおおお……!!」
テリムの雄たけびとも悲鳴ともつかぬ声が、響いた。
◆◇◆◇◆
ある日。
ブートキャンプを続けていたら、レオンハルト殿下がやって来た。
「……何かやってると聞いたが、何やってんだ」
「修行です」
「あのガキ、公爵んところのテリムじゃねえか」
「はい」
「はいって、お前……」
「巡りあわせが色々とありまして」
俺は説明した。
襲撃を受けた事。
その後、テリムが謝罪に来たこと。
「で? 信じたのか、公爵家を」
「いえ。ですが、テリムという個人は、話しを聞いてもよい、と思いました」
「で、裏切られたらどうする?」
「その時は――報いを受けてていただくだけです」
俺は、俺を裏切る者を許す気はない。
相手が誰であろうと、何であろうとだ。
「それで弟子にしたのかよ」
「いえ、教えているだけです」
「それを弟子というんだろうが。
決闘を挑んで負けたから、取り入るために弟子入り……ってツラにゃ見えねぇな」
殿下はテリムの汗だくの顔を見て言う。
疲労困憊の顔だ。
だがそれでも、必死に立ち上がろうとしていた。
「ええ。そういった下心であるなら、とうに逃げ出しているでしょう」
倍の重力負荷を課せられたうえで、走り込み、筋トレの繰り返しだ。筋肉痛を癒す暇も与えていない、効率無視とすら言える前時代的な鍛え方をしている。
だが……テリムは食いついてきていた。
「遠征の時の、ふざけたガキとは思えんな。何があった、いや、何をした? 勇者」
殿下が問うてくる。俺はただありのままに答えるのみだ。
「特に何も。ただ、己の弱さを直視した時、人は選ぶのみです。
絶望しくじけるか、別の道を探すか……
それとも、立ち上がるか」
「ほう。俺も見る目が無かったということか?」
「それは私も同じです。男というのは、どうなるかはわからない……ということです」
「違いない」
俺の言葉に、殿下は笑う。
「で? あの坊ちゃんはどこまで強くなる?」
「わかりません。ですがまあ……一人前には鍛え上げたいと思っています」
「はははははは!! それは楽しみだ!!」
殿下は楽しげに笑った。
「だが、王宮にも顔を出せ。リリの奴が会いたがっているぞ、決闘にて自分を勝ち取った愛しの婚約者を」
「……」
せっかく忘れていたのに。
正直、あまり会いたくはない。
どのような顔をして会えばよいのか。
「ああそうそう、正式な婚約発表は一か月後だ。
父上もリリもお前を逃がす気は無いようだからな、楽しみにしておけ、義弟よ」
「……気が早すぎます」
「早いに越したことはあるまい」
そして殿下は去って行った。
……憂鬱だ。
◆◇◆◇◆
スペースブートキャンプは続く。
「ぐ……っ」
「もっと食え。肉だ。大豆だ。牛乳だ。タンパク質は筋肉を作る」
俺は言う。
食卓には肉が並んでいる。
「あと、野菜もだ。バランスよく食べるようにしろ。筋肉をつけるためにはビタミンも必要だ」
「は、はい……っ」
「さあ、肉だ。肉だ」
「に……にくぅっ」
スペースブートキャンプは続く。
木剣で叩きつけられたテリムの腕からは血が流れ、骨も軋んでいる。
「痛みを恐れるな。耐えられなければ、耐えられるようになれば良い」
「は……はいっ!」
「フィリム、治癒魔術をかけろ」
「はい」
「筋肉痛も魔術で治る。筋肉痛は筋肉に負担がかかっている証拠だ。治せば筋肉はより強くなる」
俺は言う。
「さあ、回復薬を飲め」
「はい……ごくり」
「さあ、訓練再開だ」
「は……はひぃ……っ」
スペースブートキャンプは続く。
「口からクソを垂れる前と後にsirを付けろ! 分かったかウジムシが!」
直立するテリムに、フィリムが言う。
スパルタだ。懐かしい、俺もフィリムも教官に罵倒されまくったものだ。
「それが出来ないなら死ね!」
「は、はい……」
「貴様は人間ではない、両生動物の●●をかき集めた値打ちしかない!
じっくりかわいがってやる! 泣いたり笑ったり出来なくしてやる! さっさと立て!」
「ひ、ひいいっ」
その光景を見て、アラムが目を丸くしていた。
「どうした」
「あ、あのフィリム様が……あんな言葉を」
「ああ、俺のいた世界の軍なら通過儀礼だ」
「ふざけるな! パパの〇〇がシーツのシミになり、ママの×××に残ったカスがおまえだ! どこの▽▽で育った? じじいの××××の方がまだ気合いが入ってるぞ豚が! ぶひぃと鳴いてみろカス!!!」
「ぶ、ぶひぃぃぃ……」
「ああやって今までの人生で培ってきた自尊心をへし折るのだ……アラム?」
アラムは顔を真っ青にしていた。
へたりこむアラム。
刺激が強すぎたか……いや、この顔は……
(そういう事か)
戦いの稽古もつけてくれる、美しく優しい聖女。
彼にとってフィリムは……初恋の人だったのだろう。
(悪いことをしてしまった……)
それが凶悪な顔つきで、蹴りや殴打を入れながら公爵家子息を他人に聞かせられないような下品な言葉で罵倒する。
訓練だからとはいえ……それを見せられた少年の心は如何様なものか。
アラム少年の初恋は、ここに終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます