第40話 弟子入り
夜。
侯爵の家で夕食をごちそうになり、帰宅している時だった。
『マスター』
アトラナータの通信が耳に届く。
『尾けられています』
「うむ」
わかっている。
なんとも粗末な尾行だった。いや……本人に尾行しているという意識すらないのではないか、というほどに、気配を消せていなかった。
このまま家に戻ってもいいが……
俺は公園にさしかかったところで足を止めた。
「……」
尾行の主はすぐに現れた。
「テリム殿」
「……」
彼は黙っている。黙って、ただ俺を見ている。
そこに殺気は感じられぬが……
「先輩」
「旦那様……」
「下がっていろ」
俺は二人を下がらせる。
追いつめられた人間は、時として予想を超えた行動、そして限界を超えた実力を発揮することがある。
彼の殺気のなさが、そういった嵐の前の静けさなら――要注意だ。
警戒せねばならない。
そして、彼が動いた。
「申し訳ありませんでしたあああっ!!」
九十度の角度に腰を曲げた、見事な謝罪だった。
「……」
何が起きているのか。
(理解が、追いつかない)
俺は空を見上げた。
月が綺麗だった。
◆◇◆◇◆
「俺は、いや私は、己の未熟さを痛感いたしました!」
土下座せんばかりの勢いでテリムは言う。
「先輩、あの人の頭でも殴ったんですか」
「スタンブラスターを撃っただけなのは見ただろう」
「打ち所悪かったんでしょうか」
「そんんなことはないと思うが……」
長時間電撃に晒した訳でもない。
「今になればわかります。私の攻撃は全く当たらず難なく裁かれ、そしてあの理外からの一撃……
勇者と称えられるにふさわしい実力なのだと。
引き替え、俺は……」
「頭をお上げください、テリム殿」
俺は声をかける。
この状況をあまり他人に見られたくはない。
「勇者殿、恥を忍んでお聞きしたい。気のせい、勘違いならよいのですが……襲撃などされませんでしたか」
「されました。屋敷を暗殺者に」
「本当に申し訳ないッッッ!!」
再び頭を下げる。
百度に届きそうな角度だった。
「……頭をお上げください」
「…………父が、言ったのです」
頭をあげぬまま、テリムが言う。
「すぐに姫はお前の元に戻ってくる、勇者は消えると……まさか、まさかこんなことをぉぉぉッ!!」
百十度。
見事なお辞儀である。
「確かに俺、私はあなたに反感を抱いた、いや憎かった、だけど! そんな大それた事をしてまで消えてほしいなどとは、思っていません!!」
「……」
ふむ、どうしたものか。
彼が黒幕だったなら、暗殺失敗したからとてこのような謝罪には……こないだろう。
次の暗殺者を送り込むか、証拠はない知らぬ存ぜぬを突き通すはずだ。
このような行動など、百害あって一利なし。
にもかかわらず……
「信じましょう」
「先輩!?」
「旦那様!?」
二人が口を挟むが、無視しておく。
気持ちはわからぬでもないが。
「テリム殿。あなたの言葉は、貴族として、男として――恥を晒す事に他なりません」
「……」
「身内の恥を忍んで晒す。誰にでも出来る事ではない……
俺はあなたを見誤っていたようです」
「……勇者……殿」
一歩間違えば、それは自身の死に繋がる事だ。
ただの甘やかされた傲慢な小僧でしかないなら……かような事は、できまい。
「俺、いや私は……恥ずかしい。
私は、焦っていたのです。姫に相応しい男になりたい、だがなれない。
此度の翼王との戦いの遠征も……ろくな軍功もたてられず……
そんな折、新たな勇者が現れ冥王を倒し、獣王まで……
そんな男が、姫と仲睦まじく話していて……俺は、悔しくて情けなくて、耐えられず」
「それで決闘を挑んだ、と」
「だけど! あれだけ完膚無きまでに負けて、頭は冷えた。
それなのに……父がよりによって、暗殺などと……! 何を考えて……」
お前も決闘で俺を殺すと言っていたが、とは言わない。
彼自身が言っていたとおり、頭に血が上っていたのだろう。
そして父親から「お前が憎んでたあの勇者を暗殺するぞ喜べ」と言われて、流石に理解した、ということか。
「だが、私は無事です。家の者も、誰も傷ついていない。
罪があるとしても、あなたではない。頭を……お上げ下さい」
「勇者殿……」
ようやくテリムは顔を上げる。
……このような顔をしていたのか、と思ってしまうほど、それはあの突っかかってきた男とは、別人のような表情だった。
……男とは、一日で変わるものなのか。それとも、一時の迷いでしかないのか。
(俺には、わからぬが)
しかし、彼の行動には、報いたいと思った。
「襲撃の件ですが……公爵家が動いているなら、騒ぎ立てても握りつぶされる事でしょう」
俺は言った。
侯爵の話からして、公爵家の力は強い。いくら勇者とはいえ、俺程度が何を言っても無駄であろう。
決定的な証拠を突きつけない限り。
故に、今は静観だ。まだ足りぬ。
「そんな……しかしそれでは」
「私の心配はいい。それよりもテリム殿、あなたです。
いいですか、あなたは私に謝罪などしていない。よいですね」
「それは……謝罪を受け入れぬと」
「違います。あなたが私に対して決闘の件を謝罪するのはよい、だが……
暗殺の話など、私はあなたから一切聞いていない、ということです」
「……はい」
察してくれたか。
それで良い。
「……もうひとつ、よろしいでしょうか」
「なんでしょう」
テリムの言葉は、予想外のものだった。
「私を……勇者殿の、弟子にしていただきたい!!」
「……何故に」
「私は自分の未熟を痛感しました。強く……なりたいのです」
拳を握るテリム。
「このような迷惑をかけた上で、こんな事を頼むのは無礼千万だとわかっていますが、それでも……っ!」
「わかりました」
俺は言う。
後ろでフィリムとラティーファが驚いているが、構うまい。
こちらにも考えがあるのだ。
「私は、ガーヴェイン侯爵のご子息に剣を教えています。
……が、実は私は、人にものを教えるのが不得手なのです。特に手加減が出来ない。このままあの少年に稽古をつけていては、いずれ過ちを犯してしまうやもしれません。
故にそうならぬよう……」
俺は笑顔を向けた。
「テリム殿には、手加減を身につけるための練習台になっていただく」
後方で、フィリムとラティーファが息を呑んだ。
◆◇◆◇◆
「旦那様、どうしてあんなこと……」
「あの……先輩? まさか本当に……」
入浴中、二人が問うてくる。
気持ちはわかる。俺が気が違ったとでもおもっているのだろう。
「本気だ」
俺は言う。
「鍛えるだけだ。俺たちの強さの秘密は何だ、フィリム」
「えっと……いざという時の容赦のなさ」
「違う。この惑星とは比べ物にならぬ、魔導科学の恩恵だ」
「まあ、確かに」
「それを渡すわけではない。あくまでも鍛えるだけだ。
……俺たちが、そうされたように」
その言葉に。
フィリムが、うわあ、と声を上げた。
「先輩、まさか」
「うむ。宇宙ブートキャンプだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます