第38話 蠢く闇
「――侵入者、か」
朝、アトラナータから報告を受けた。
『一応、全員生かしています』
「そうか。尋問せねばな」
まあ、このタイミングだ。既に答えは出ているようなものだが。
『マスター。ラティーファ様が来られました』
「ああ」
俺は出迎える。すると――
「あの……旦那さま」
ラティーファが口を開く。
「なんだ」
「私、昨日はちょっとやり過ぎちゃいました……」
「ああ」
俺は理解する。
ラティーファは昨日の風呂場での一件を気にしているのだろう。
「だから――」
「構わん」
俺は言う。
「だが、二度とやるんじゃないぞ」
「うう……」
「調子にさえ乗らなければ、お前の洗髪は良いものだ。また頼む」
「えっ……」
ラティーファの表情が変わる。頬を赤らめているのがわかった。
彼女はメスガキスイッチさえ入らねば、素直で可愛い娘だ。調子に乗らぬようにしっかりと教育せねばなるまい。
というか、このまま世に放てば世界が滅びかねん。
「そういえば、フィリムは――」
『ベッドで毛布被って怯えています』
「……」
仮にも幾つもの戦場を生き抜いた兵士を怯えさせる、か。
獣王陛下よ。貴方はなんという遺児を残したのだ。
まあいい。
フィリムは強い娘だ。きっとこの傷も乗り越えるに違いない。
部下を信じて待つのは上司の務めだ。
「アトラナータ。捕虜の所へ案内してくれ」
『わかりました。地下室にいます』「そうか」
「旦那さま、私も行きます!」
「ああ」
俺たちは地下へと向かう。
そして――そこにいるのは、猿轡をされた黒装束の男達だった。
「おはようございます。気分はいかがですか?」
俺が問うと、男達は憎悪の視線を向けてきた。
アトラナータに指示して、轡を外させる。
「勇者の犬が……」
「彼女は狼です」
俺も最初は間違えていたが、訂正しなければなるまい。
「何が勇者だ。こんな化け物を飼い慣らして――」
「飼っている訳ではありません。彼らは私たちの仲間です」
「……勇者など信じた私が愚かであったわ」
リーダー格らしき男が呟く。
「勇者と信じた上で、暗殺に来たわけですか」
「……」
「目的は何ですか。何故私を襲撃しに来たのですか。貴方たちは何処の手のものですか」
「……答えるわけがないだろう。俺たちを舐めるな。殺せ」
「でしょうね」
俺は納得する。プロならばそうだろう。
「しかし、情報を吐いてもらわねば困ります。
……ギギッガ」
「ギッ」
ギギッガが、彼らの脳を収めた容器を持ってくる。
「ひっ……」
「彼らはミ=ゴ。別の惑星……別の世界より訪れた種族です。我々とは多少異質ではありますが、科学と医学に優れています。
彼らは脳を摘出し……そこから情報を読み取ることも出来るのです」
「な……!?」
男達が驚愕の表情を浮かべる。
「ギッギギッ」
「ふむふむ……公爵家の手の者だと」
「な……!? ち、違う!!」
「ほう、否定なさるのか」
「我々はただ雇われただけだ! 依頼主の情報は知らない!」
「ふむ。そうなのかギギッガ」
「ギギッゴギッ」
「なるほど。一度強盗で全滅した屋敷であることを利用して、強盗の仕業にみせかけようとしていた。決闘で恥をかかされた公爵家の依頼を受けた……暗殺者だと」
「くっ……」
男たちの顔が青ざめる。
「仲介者を介してはいるようですが……精神探査魔術への対抗策を講じてはいても、流石に異星の科学で脳を調査されることへの耐性はしていなかったようですね」
当たり前の話だ。
この世界にある科学は、せいぜいが錬金術といったレベルだ。科学、魔導科学ともなれば、別次元の技術である。
「さて、どうしましょうかね……」
「殺すがいい。我々はプロだ。失敗は死……それが鉄則だ」
「ふむ。そう言われましてもね……」
俺は少し考える。彼らのような者たちは扱いに困る。
『望み通り殺してもよろしいのでは?』
「確かにそうだが……」
それでは、この先も同じことが起こるだろう。
何の感慨もなく、次の手段を打ってくるだけだ。
『なら、記憶を抜いて奴隷にしてはどうでしょうか』
「ふむ……」
確かにミ=ゴの技術でそれは可能だ。だが、悪趣味ではある。
「それでは、銀河共和国と同じだ」
『そうですか』
「殺しに来た敵を殺す事に躊躇は無い。
だが捕縛し捕虜にした以上は、人道的に扱わねばならぬ。
それを違えば……俺は奴らと同じに堕ちてしまうだろう」
『では無罪放免ですか』
「違う。司法にゆだねるのみだ。騎士団に引き渡す。ただし……」
俺はギギッガを見る。
「お前たちの事を喋られても困る。記憶を弄って忘れてもらった後で、な」
そして、ミ=ゴ達が容器を取り出した。
「や、やめてくれ! それはいやだ、あれはいやだあっ!!」
生きたまま仲間が脳髄を摘出され操り人形にされる姿を見たのだろう。彼らは恐怖に顔を歪める。
だが……
「安心して下さい。人格に影響はありません。……おそらく」
そう慰め、俺は地下室の扉を閉めた。
◆◇◆◇◆
「失敗しただと?」
貴族の屋敷にて、仮面の者は報告に訝しんだ。
「はい。申し訳ございません」
「どういうことだ。相手はたった三人なのだろう?」
「勇者の力が強大だった……としか」
「見誤っていたか……」
勇者ティグルが冥王軍を倒したのは、ネメシスと呼ばれる巨大な鎧を操ったからだ。そう報告が来ている。
故に、屋敷で暗殺ならば――と思ったのだが。
「勇者本人も強かった、か」
「はっ……」
「ふん、まあいい。それが分かっただけでも、な。
決闘では妙な魔道具を使う、しかわからなかったが……」
そうやって少しずつ情報を集めていけばいい。そうすれば最終的に、どうとでもなるのだ。
「それで。送り出した暗殺者どもは」
「それが――騎士団に捕らえられ」
「――なんだと」
連中は自分たちに至らぬとはいえ、プロのはずだ。失敗は死だ。それが自決もせず捕らえられた?
「……不味いな」
念のため仲介人を挟ませてはいるが……
「情報を漏らす事はないと思うが、念のためだ。口封じしておけ。ああ、わかりやすくしておけよ」
「はっ」
「それから――」
仮面の下で、笑う。
「次は私が出よう」
「なんですって?」
「あの勇者には、興味が沸いた。どこまでのものか、私自身で見てみたい。
無論、お前たちもな。この国の雑魚どもに任せてはおけん」
「……わかりました」
そして部下は部屋を立ち去る。
残された仮面の者は、笑う。
「勇者……勇者か。
楽しませてくれよ……」
仮面の者の目は――狂喜に染まっていた。
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