第32話 舞踏会

 フィリムと共に食堂へ向かう。


「おかえりなさいませ、お二方」


 食堂に入ると、給仕係のメイドたちが一斉に頭を下げた。

 ラティーファは先に席に座っている。


「ただいま」

「ただいまです」


 それぞれに挨拶をして席につく。テーブルの上には、既に料理が用意されてあった。

 魚介を中心としたコースだ。美味そうである。

 少し待つと、侯爵がやってきた。


「お待たせしました」

「いえいえ」

「今来たところです」

「今日は、良い魚が入ったと聞いた。楽しみだ」


 侯爵は上機嫌だった。

 なお、当然だが俺の釣って来た鯉ではない。


「はい、とても美味しそうです」

「うむ。実に美味そうです」

「うむうむ」


 俺とフィリムの言葉に満足げにうなずく。


「それでは、頂くとしようか」

「はい」

「いただきます」


 ナイフとフォークを手に取る。まずは前菜からだ。


「美味しい」


 一口食べたフィリムが感嘆の声を上げた。


「それは良かった」


 侯爵は満面の笑みを浮かべる。

 続いてスープを飲む。


「これもまた素晴らしい」

「光栄です」


 そしてメインディッシュを食べ終えた頃合いで、侯爵が話を切り出す。


「ティグル殿、獣王国の方は如何ですかな」

「ええ。宰相……ラゼリア殿がよくやってくれています」


 先代獣王の妻、ラティーファの母であるラゼリアが宰相となり、政治を取り仕切ってくれていた。

 そもそも小市民かつ元兵士でしかない俺に、王として政治など出来るはずがない。


「つまり、ガーファング殿の治世とそう変わりないということです。魔王軍に与していない、という点を除いて」


 ガーファングとは獣王の名前だ。偉大な男だった。


「お父様の名誉を守ったと旦那様も人気ですよ!」

「そうだといいのだが」

「ティグル殿が獣王として安泰なら、我が王国としても安心です」


 侯爵が笑う。

 人間族と獣人族、争わないに越した事は無い、

 仲良き事は美しき哉、である。


「ところで侯爵」

「何ですかな」

「そろそろ、私達も住処を構えたいのですが」


 いつまでも侯爵の屋敷に間借りするわけにもいかぬ。


「ふむ……」


 侯爵は考え込む。


「実は、候補は既にあります」

「ほう」

「王都の西の郊外にありまして、先日見てきた所、かなりの広さがありました」

「なるほど」

「幸いにも、陛下より戴いた報奨金で購入できそうです」

「それは何よりだが……遠慮しなくてもいいのですよ? 息子も娘も懐いておりますし」


 それはありがたい言葉である。だが甘え続ける訳にもいかぬのだ。


「御子息の稽古は、引き続き続けさせていただきます」


 その言葉に、アラム殿がぱあっと嬉しそうな顔をする。ルミィナ嬢も気のせいか嬉しそうだ。


「……分かりました。では、お願いします」

「はい」


 話がまとまった所でデザートだ。


「これは……凄いな」

「えぇ、本当に」


 果物の盛り合わせだ。色とりどりの果実が並ぶ様は壮観だ。


「うむ、これは見事だな」


 侯爵もうなずいている。


「うわぁ~綺麗ですね!」


 フィリムが目を輝かせる。俺は彼女の皿から一つ取って口に運んだ。

 甘い。そして美味い。


「さすが侯爵家だな。素晴らしい出来だ」


 俺は侯爵の方を向いて言った。


「ありがとうございます。シェフに伝えましょう」


 侯爵は心底嬉しそうだった。



◇◇


 食事が終わり、俺たちは与えられた部屋へと戻った


 そして俺は言った。感慨深く。



「……雑な料理が食べたい」


『何を言ってるんですか、いきなり』

「てけり・り」


 部屋にいた宇宙船のAIが操るドローン、アトラナータと、ショゴ=スという宇宙スライムのノインが言う。


 だが、本音だ。仕方ない。

 こればかりは仕方ないのだ。


「豪華な料理を日々食べていると、恋しくなるのだ。シンプルな宇宙食、軍用レーション、そしてインスタント食品。恋しいのだ」

「あー、確かに」


 フィリムも同意する。


「……そういえば、この星に来て以来、ちゃんとした物しか食べていませんね」


 フィリムが言う。


「ああ。……まぁ、贅沢は言っていられないが」

「ですよねぇ」

「……「ちゃんとした物しか食べていない」という愚痴もおかしいものかもしれないが」

「言われてみれば。私達って小市民ですね」

「全くだ」


 ここではない住処を求めた理由のひとつも、それだ。


 俺は、もっと庶民的な生活がしたい。

 俺は元来、宇宙小市民なのだ。


「てけり・り」

「あぁ、そうだな。次の機会には、屋台で何か買ってくるとするよ」

「てけり・り」


 そんな会話を交わしながら、俺はベッドに横になる。


「さて、寝るか……」

「そうですね」

「はい」


 フィリムとラティーファが隣に入ってくる。

 俺は言った。


「ここは侯爵の家だ。自重しろ」


 蹴り出した。


「旦那様ー、新妻にひどいですっ!」

「横暴だー!!」

「自分の部屋に戻れ」

「酷い! せっかく一緒に寝ようと!」

「お前たちは子供か」


 片方は紛うことない子供だが。


「むぅ」

「……いいから、早く出て行け」

「……はい」


 二人は渋々出て行く。


「まったく……」


 ため息を吐き、俺もベッドから出る。


「……やるか」


 そして俺は、腕立て伏せを始めた。

 日々の日課は大切である。


◆◇◆◇◆


 貴族とは、金に飽かせて優雅な暮らしを送っている退廃的な連中だ。


 そう思っている人間は多い。

 特に、俺の住んでいた銀河では……市井の人々の教育水準も惑星によってはそれなりに高く、それ故に猶更そういう傾向はあるだろう。

 軍属として仕事をしていた時にも、そういった貴族連中相手の任務で苦労した事はある。


 だが、実際に貴族の世界に飛び込む羽目になってわかった。

 貴族とは、なんと過酷な生き方であろうか。

 彼らは、基本的に自由が無い。

 まず、領地運営や経済管理のために、常に仕事がある。

 しかも、その量は尋常ではない。

 書類の山が消えてなくなることは無く、それを処理するだけで一日が終わる事も珍しくない。

 その仕事の多さは、市井の民の識字率、教育水準の低さ故でもあるだろう。

 字を読み書き出来る、計算出来る、知識を学べるという人間が少ない故に、貴族に仕事が大量に回ってくるのだ。

 そこに加えて、マナーも身に付けねばならぬ。

 そして、魔物や敵国から人々を守るため、体を鍛え、武術や魔法を身に着け、兵を率いて戦う義務を持つ。


(ノブレス・オブリージュとはこういう事なのか)


 かつての自身の認識を恥じる。彼らは、決して堕落してなどいない。 むしろ、非常に真面目だ。

 無論、全ての貴族がそうではないのだが……それでも、ガーヴェイン侯爵たちを見ていればわかる。


 彼らが、どれだけの苦労をして今の自分を作り上げたのか。

 それを思うと、尊敬の念が湧く。


 だが、一方で……だからこそ、俺は彼らに肩入れしすぎてはいけないと思っている。


 目的を忘れるな。

 俺は……復讐者だ。

 この惑星には、この世界には、立ち寄っただけ、利用するだけ、互い利用し、益になるように動いているだけに過ぎない――

 忘れるな。決して忘れるな。

 俺は勇者ではない。貴族でもなく、王でもない。

 それらを騙っているだけの――愚物にすぎぬと。


 故に。


 パーティーても、気配を殺し群衆に溶け込み、やり過ごすのだ。

 俺はただの――名もなき書割にすぎぬ。

 背景の一部なのだ。


「あ、先輩こんな所にいたー」


 ……。

 見つかってしまった。


「もう、探したんですよ?」

「…………」

「だんまりですか」

「黙秘権を行使する」

「……まあいいですけど」


 フィリムは呆れたように溜息をつく。


「姫様が探してましたよ。会わせたい方がいるそうです」

「そうか」

「行きますよね?」

「仕方あるまい」


 面倒ではあるが。


「じゃあ、こっちです」


 そう言って彼女は俺の手を引いて歩き出す。


「……ん? おい、手を放せ」

「え? 嫌です」

「何故」

「繋ぎたいからです」

「……そうか」

「何ですかその反応は!?」

「いや……別にいいが」

「やった♪」


 フィリムは嬉しそうに笑う。


「……」


 ふと思う。彼女の手は温かい。

 それはつまり、生きている証左であり……俺の手が冷たすぎるだけだ。

 そう考えると少し悲しくなったので思考を打ち切った。


 しばらく歩くと、リリルミナ姫がいた。

 この国の第一王女で、俺たちが最初にこの世界で会った人物の一人だ。


「あ、勇者様」


 こちらに気付いた彼女が微笑む。相変わらず美しい少女だ。


「お久しぶりです!」

「ええ」


 俺はうなずく。最近忙しく、なかなか会う機会がなかったのだ。


「お元気そうで何よりです」

「そちらこそ」


 俺は言った。


「それで、今日はどういったご用件で?」

「実はですね……」


 そう言って、彼女は言う。


「勇者様に、会っていただきたい方がいるのです」

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