『タブー』

吹井賢(ふくいけん)

『タブー』



 え? 君も?

 俺の話を聞きたいの?

 大した話じゃないと思うし、話すのこれで四回目だからそろそろ面倒になってきたけど……。

 まあいいか、話すよ。


 ……俺さ、バイトが好きなんだよね。あ、断っておくけど、居酒屋とかファミレスで元気良く働くタイプじゃないぜ? 出会い目当てってわけでもないし、奨学金貰ってるから、正直そんなに金がいるわけでもない。

 俺が好きなのは、変わったバイト。

 ほら、たまにネットとかで見ない? 「助手席に一日座ってるだけで一万円貰えた」みたいな話。ああいう感じのが好きなんだよ。普通に生きてたんじゃ絶対にできない経験ができるからさ。その上で金まで貰えるんだから、サイコーじゃない?

 あ、ちなみにさっきのは闇金の人の集金の手伝いね。駐禁対策ってわけ。

 他にも色々あるよ? 今流行りのレンタル彼女みたいに彼氏のフリをする仕事もあったし、探偵会社に雇われて知らない人を一日尾行してたこともあった。ゲームとかフィギュアの発売日にもよく徹夜で並んでるよ。


 ああ、話を戻すけど、皆が面白い面白いって言ってるのは、俺がこないだやった仕事のこと。

 確かに変なバイトではあったよ。

 だって、「何もしないこと」が仕事だったんだから。



 依頼が来たのは先月で、長い付き合いの派遣会社からだった。そこには、これまた長い付き合いの、仕事の斡旋をしてるお兄さんがいてさ、「君の仕事ぶりを見て頼みたいことがあるんやけど」って言ってきた。

 その人、面白い仕事を回してくれることが多いから、俺は二つ返事で引き受けた。

 仕事の日は平日だったけど、代弁やレジュメのコピーを頼める程度の友達はいるから迷いはなかったな。ほら、君とも友達らしい、アイツとかさ。良い奴だろ、アイツ?

 期間は水曜から金曜。

 ん? そうだよ? 水曜の朝九時から、金曜の夜六時まで、ずっと。

 これだけだととんでもないブラックバイトに聞こえるだろうけど、実際は働きづめどころか、「休みづめ」だった。

 マンションの部屋にいることが俺の仕事だったんだ。


 鍵が送られてきたのは月曜だったかな。

 お兄さん曰く、「部屋にずっといてくれるだけでええ」「後は好きにしててええし」ってことで、だから俺はリュックサックにパソコンとスマホ、積んでた本とレンタルショップで借りたDVDを詰めて、現場に向かった。途中のコンビニで食料とお菓子を山ほど買い溜めしてね。

 ……なんで、って?

 ああ、説明してなかったっけ? 期間中、何をしててもいいんだけど、「部屋からは一歩も出るな」って言われてたんだよ。扉を開けることも駄目らしい。そうすると食料と暇潰しの道具が必要だろ? だから、小説と漫画と映画とアニメね。大荷物だったよ。

 他に持って行ったのは……着替えとタオルくらいかなあ。あと、充電器。電気が通ってるってことは聞いてたからね。

 ……場所? それは秘密にしてくれって言われる。まあ、そこまで遠くはないよ。電車で二、三駅くらい。だから俺は八時過ぎには家を出て、鍵の入った封筒に一緒に入ってた地図を見ながら、そのマンションに向かった。

 三階建てのマンションの、一番奥だったな。多分、家族向けなんだろうな。リビングダイニングがあって、寝室があって、更に和室があるような、大きめの部屋だった。家具も一通り揃ってた。電子レンジがあるって知ってたらレンチンするような食品も買っていったんだけど。

 部屋に入った俺は、眩しいからカーテン閉めて、リビング中央のソファーに寝転がった。そんで、一眠りした。やることないしね。

 寝室にベッドはあったけど、誰が眠ったかも分からない布団で寝るのは普通、嫌だろ? だから三日間、俺はソファーで寝起きしてた。

 どういう人だったら、どんな理由があれば、「大学生一人を三日間、マンションの一室で過ごさせる」って仕事が必要になるんだろうなー、って考えながら。


 起きたのはその日の夕方だった。バイトの前日、飲み会だったんだよね。疲れてたのかもしれない。「どうせ明日のバイトは何もしなくていいしなー」と思って、飲みまくって、騒ぎまくったから。

 冷蔵庫に入れておいたペットボトルのお茶を飲んで、テレビのニュースをぼんやりと眺めてると、トイレに行きたくなった。トイレも普通だったよ。紙が切れてたことを除けばだけど。カラオケ屋の客引きに貰ったポケットティッシュがなかったらと思うとゾッとするね。

 そう言えば……。

 ああ、いや、勘違いかもしれないんだけど、俺、テレビ点けた覚えがないんだよね。いつの間にか点いてたんだよ。テレビ使えること自体、知らなかったし。まあ、どうでもいいんだけど。

 水曜はその後、コンビニ弁当食べて、ノーパソでアメコミの映画を三本見て、アニメを流し見してる内に、そのまま寝てた。


 木曜もおんなじ感じ。十時過ぎくらいに目が覚めて、だらだらしてた。

 昨日風呂入ってないことを思い出して、途中でシャワーを浴びた。脱衣所にあったバスタオルは使っていいか分からなかったし、持ってきてた自分のを使った。

 そうそう、最悪だったのが、途中でシャワーのお湯の色が変わったことだよ。赤茶色みたいな? 排水管が錆びてたのかもしれない。だから風呂は途中で切り上げることになっちゃった。


 で、三時くらいかな、スマホが震えた。例のお兄さんからの電話で、ちゃんと部屋にいるかを確認された。漫画読んでます、って答えると、「それならええ」って言われた。続けて、「くれぐれも部屋から出んように」とも。

 夕方になると漫画の方は山場になってて、主人公が自分が人間なのか化物なのかって問いに答えを出すんだけど、そっちの話はネタバレになったら悪いからやめておく。

 まあつまり、スゲー良いシーンを読んでた時に、インターホンが鳴った。どうも宅配便らしかったけど、当然、無視した。受け取っていいか分からなかったしね。経験則だけど、日雇いのバイトって、分かんない時はやらないのが正解なんだよ。向こうもこっちが素人だって分かってるからね。あと、絶対やって欲しいことなら事前に言うだろうし。


 金曜は早く起きた。というか、起こされた。夜中の二時前に。

 ソファーで寝てたら、ドンドンドンドン!ってスゲー音がし出して、目が覚めた。寝室の側から聞こえてきてた。多分だけど、隣の住人が喧嘩でもしてたんじゃない? 事件だったら困るから管理会社に言おうかと考えたけど、知らないマンションだからどうしようもないし、でも音は鳴りやまないし、仕方ないからイヤホンで音楽聴きながら好きな作家の新作読んでた。そしたら、いつの間にか朝になってた。まあ朝まで喧嘩し続ける奴はいないわな。

 三日目も変わらず、スマホいじったり、映画見たり、あと漫画読んだり。こう考えると家にいる時とそんなに変わんないな。

 昼前にお兄さんからまた電話があって、「今日の六時に迎えに行くからそれまでいてくれ」と言われて、何度目か分からないけど、「絶対に外に出るなよ」と釘を刺された。

 五時半頃にまたチャイムが鳴ったけど、やっぱり俺は無視した。どうせ部屋の間違いだと思ってね。例のお兄さんから早くなるという連絡があったわけでもなかったし、帰り支度も終わってなかったし。


 六時ちょうどに電話が掛かってきて、「外におるわ。出てきてええで」って言われたから、荷物背負って部屋を出た。

 ちゃんと現状回復に努めたよ? 閉めっぱなしだったカーテンは開けたし、逆に半開きになっていたドアは全部閉めた。建付けが微妙に悪いのかな、勝手に寝室や和室の扉が開いてることが多かったんだよね。

 そんで、お兄さんにお疲れさんの言葉と今回のバイト代六万円を頂戴して、家に帰った。三日も閉じ込められてたし、大金も稼げたから、その日の夜は友達と焼き肉行った。



 ……これだけ。どう、面白かった?

 え、そう? それなら良かったけどさ。

 俺としては全然面白くなかったからもうやりたくないけど、君も金欠の時はやってみるといいよ。おすすめはしないけどね。

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