第4話 目撃者
その男は沈痛な面持ちで一部始終を語って聞かせました。
彼女は夢中で気付いていませんでしたが、ちょうど犯行現場の死角となる位置に彼は居合わせていたのです。
しかし、全速力で止めに行っても間に合う距離ではありません。それに加えて、突然の出来事に気が動転し、自慢の大声も出せませんでした。
そこで彼は、せめて報告するためにと物陰から凶行を見届けたのです。そののち、すぐさま近くにいたアジの群れに言伝を頼み、自身は彼女をこっそり尾けました。
そして、彼女が人間に金の鱗の人魚を解体させたところを確認すると、慌てて海底まで戻り、いまのいままで、事件の全容を主に告げる適切なタイミングを窺っていたのです。
「……なんてことだ。この事は、隣国の者には?」
すべて聞き終えた彼はひどく衝撃を受けた様子でしたが、努めて冷静に状況把握を試みます。
「彼女を追跡・監視していたのは、わたくしだけですが……」
「そうだね。彼が帰らないことを、彼らが不審に思わないはずがない」
「ええ。捜索隊が組まれているかもしれません」
「従者もつけずに外出したきりだものね。数年前のあいつなら、平気で公務を放り投げて、よく城を抜け出していたらしいけど……。今はどうだろう」
「それについてはわかりかねますが……。しかし、彼も大人ですから、一日戻らないくらい珍しい事ではないのでは」
「ああ。数日程度なら、ね」
海中での通信手段は開発されておらず、誰かの居場所を探りたければ、
「……二度と戻らないというのに」
「そうだね。幸か不幸か、この世界のどこを探しても、彼の遺体すら見つからないよ」
「ああ……! どうすればいいんでしょう、こんなこと……。露見すれば国際問題です!」
「再び戦乱の世に逆戻りだね。……まあ、これまでだって冷戦は続いていたんだ。本当の平和なんて、私たちは一度たりとも知らないんだよ」
言葉にはしませんが、彼の表情には落胆の色が浮かんでいます。
彼は両国民が手を取り合う未来を渇望し、そのための方策を練っては
彼の尽力もあって、国内では隣国との真の関係改善を求める声も上がり始めていたのです。
この調子で事が運べば、金の鱗を持った彼とも和解できるかもしれない――――ずっと思い描いていたその夢が現実のものとなるまであと一歩のところに起こった凶事に、使用人の彼はやりきれない気持ちになりました。
彼は、黄緑の鱗を持つ彼が積み重ねてきた影の努力に気付いていた、数少ない人魚の一人でした。
「ですが!」
「うん。何もこの事態を軽視しているわけじゃないよ。でもね、私たちには……他にももうひとつ、考えなければならない事があるだろう」
「申し訳ございませんが、もうひとつの問題というのは?」
「心当たりはないのかい?」
「……はい。お恥ずかしい話ですが、隣国との関係悪化以上の懸念事項など…………」
使用人は目を閉じてひとしきり考え込んだあと、首を横に振ります。
「そうかい。でも、無理もないさ。君の立場から考えても自然なことだ。それに……」
「それに?」
「私がその事について知っているのだって、偶然に過ぎないんだ。恐らくこの情報は、人間はおろか人魚の間にも流布していないものだからね」
「どうして急に人間のことなんて……」
「今から話す事を聞けばわかるさ。まずは聞いてほしい。私の昔の恋物語を――――……」
彼は懐かしむように瞼を閉じ、そして静かに語り始めました。
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