第3話 船乗りたちの宴



 その数時間後。停泊中の船の一室では、酒宴が開かれていました。


 日課の散歩をするために船を下りた一人の船員が大量の肉と魚を持ち帰ってからずっと、男たちは飲めや歌えの大騒ぎです。


「いやあ、しかし驚いたなあ! 世の中にこんなにうめえモンがあるとは!」


「ほんとだよ。……にしても、結局コイツは一体なんの魚なんだ?」


「それがオレにもよくわからねえんだ。『知り合いの家を訪ねた帰りに持たされた』としか聞いてねえからな」


「へえ。じゃあ、こっちの肉は?」


「さあな。これもその知り合いに持たされたらしいが、何の肉かまではさっぱりだ」


 男たちは、大量の食材を持ち帰った今日一番の功労者を讃え、酒をあおります。


「なんだっていいだろ! 旨けりゃそれでいい!」


「にしても、ツイてたな。包丁捌きに自信のない女の代わりにソイツの持ってた肉と魚捌いたら、礼として捌いたモンをそっくりそのまま貰ったってんだから」


「そうだよなあ。いきなり呼び止められて、を見せられたときはぎょっとしたもんだが」


「全部貰っちまってよかったのかよ?」


「オレも一応聞いたさ。でも、いいんだと。そもそもオレに声を掛けたのは『』らしいしな。元から全部くれるつもりだったらしい」


「そうかいそうかい。疑っちまうくらい、だよなあ?」


「……おい。まさかとは思うが、この肉、人間のだったりしねえよな…………?」


「ハハハ! 考えすぎだ。てめえでイチから捌いたんだろ? 人間なら、その時に嫌でもわかるだろうが」


「ああ。オレが捌いたのは、だぜ。なかなかの切りごたえだったな。女も目ェ輝かせてずっと見てたよ」


「おいおい。自慢話も結構だが、今はお前の見解を聞かせてくれよ。結局、俺らが食ってるコレはなんなんだ?」


「ああ、悪かったな。魚は体長からして小型のサメか? 肉のほうは……赤みが強かったから、普通に牛じゃねえかと」


「牛肉ってこんな味だったか? ……まあ旨いからいいけどな」


「お前ら! 肉も魚も、もちろん酒も! まだまだたんまりあるんだからな。もう満腹なんて言わねえよなあ?」


「おう! 言われねえでも、積んである酒全部、飲み尽くしてやろうじゃねえか!」


「ハハ! やれるもんならやってみな!」


 楽しい宴の夜は続きます。



 

 岩礁の上には、灯りのともった窓を見つめる人魚が一人。彼女の傍らにはもう何もありません。

 

 船から降りてきた男に催眠をかけ、人魚の死体をだと思い込ませることに成功した彼女は、それを彼に捌かせたのち、そのすべてを押し付けたのです。


 催眠状態に陥っていた気の毒な彼は、彼女のでっちあげたおかしな理由をちっとも疑わずに、人魚の屍肉を持ち帰りました。


 今頃、あの金色の鱗を持つ人魚は、残らず乗組員たちの胃袋の中。鱗と同色の美しい髪もすべて、袋に詰められゴミ箱へ。


 ようやく復讐を完遂した彼女は真っ黒な海に飛び込み、自分の国へ帰ります。彼女が上機嫌で帰宅する頃には、日が昇ろうかという時刻になっていました。





「あ、帰ってきた。心配してたのよ」


 そう言って出迎えたのは、彼女の使用人仲間。雌雄同体の、好奇心旺盛で噂好きな人魚です。


「君がこんな時間まで帰らないなんて珍しいね。どこへ行っていたんだい?」


 心配そうに顔を覗き込むのは、淡い黄緑色の鱗を持つ人魚……誰あろう、彼女の主でした。


 人魚たちの中には夜型の者も多く、夜間の勤務も珍しくありません。彼らも忙しく働いている最中のようでした。


「申し訳ございません。……少し、遠くまで」


「……そうかい」


 彼は詳しい事情を聞きたそうにしていましたが、それ以上は追及してきません。彼女はわずかに後ろめたさを感じました。


「聞かないんですか」


「うん。休みにどこへ行って何をするのも君の自由だからね」


「……あなたにお仕えできて光栄です。本当に、ありがとうございます」


 彼女は深々と頭を下げ、嘘偽りない本心からの礼を述べました。彼の言葉が復讐を肯定してくれたかのように聞こえたのです。


「急に改まってどうしたんだい。こちらこそ、いつも君の完璧な仕事ぶりには助けられているよ。ありがとう」


 柔らかく微笑んだ彼は、彼女の体を気遣う風を装い、さりげなく自室での休息を促します。


 実はこのとき、彼はすでに彼女の様子がおかしいことに気付いていました。彼女はそんなこととはつゆ知らず。


 それどころか、彼の何気ない返しを復讐に対する賞賛のように受け取り、ますます有頂天になっていたのでした。


「…………私の後ろにいる君」


 彼女が去ると、彼は背後に控えていた男に声を掛けました。彼も使用人の一人です。


「はい」


「なにか私に伝えたいことがあるんじゃないかい」


「……! 気付いていらっしゃいましたか」


「そわそわして落ち着かない様子だったから。今から聞かせてくれるんだろう?」


「はい。ご報告いたします。本日、わたくしが目撃したすべてを…………」


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