if...のSF短編①:アルマゲドンの名は痩せ薬

@TMA2061

第1話 安く言えば…未来から来た少女(老婆)

「つまり君は109歳ということかい?」

 大地守(だいち・まもる)は、その少女に言った。


 八王子の郊外のファミレスは、近くのA大学の生徒や職員を頼りに成り立っている半分学食のような店のため、必須単位の科目だけが開講されている火曜日の二限目のこの時間、店内はガラガラであった。


 秋の雨が来そうな重い雲が空を覆い、店の外は世界の終わりを想像させるような安穏あんのんとした薄暗さが支配していた。

 不気味な暗さだ。

 雨が降るなら降ってくれればいいし、冬のように寒いなら寒くあってくれればいのちと環境の対決構造が成立して、こんな「安穏ぼんやりとした世界の終わり」は感じさせないだろう。


「そう、私の実体は2128年の南極のシェルターで横たわっている。そして、あと数日で寿命を迎えようとしている。肝臓ガンだ」

 しかし少女はその驚くような台詞とは裏腹に、意識と視線は完全にファミレスのテーブルに置かれた『チョコサンデー』に向いていた。彼女はバナナかソフトクリームかブラウニーかで長い時間をしていて、結果としてブラウニーを選んだ。

 前歯(乳歯)の無い小さな口が大きく開き、本当に美味そうにブラウニーを頬張る。


「やれやれ、信じられないな」

 守が苦笑していると、顔見知りの店員のおばさんがやってきて「妹がいるとは知らなかった。」と声をかけてきた。

「あ、これはどうも…」

 守は、少女をファミレスに伴う際に「祖父に不幸があったのでこれら田舎に帰る。妹と一緒に父の車が迎えに来るのを待っているのだ」と説明したのである。

 店員が顔見知りで良かった、そうでなければ幼女誘拐犯と疑われていたに違いない。


「妹とは20歳も離れていましてね、恥ずかしいのですが」

 守はなんとか取り繕いつつ、さらには――

「妹はおじいちゃん子でして。とても傷ついているので、申し訳ありませんが周囲に他のお客さんを案内しないようにしてもらえませんか?30分ほどで出発しますので」

 と店員にお願いした。

「ええ、もちろんよ!お客さんなんていないんだから、この時間は」

 店員のおばさんは快諾してくれ、その少女に笑顔と哀れみをかけてキッチンへ戻っていった。

「いやぁ、すみません」


 こうして人払いが完了すると、守と少女は本題に戻った。

「君が未来から来たというのが、まず信じられないからな」

「タイムスリップの話はしたくない」

 あぁ…筆者もそうだ。この短編の本題はタイムスリップではないからだ。

「でも、それを信じれないと君の‟提案”を聞き入れられないよ」

「ふぅ…」

 少女は本当に腹立たしげに首を振った。

 マンガやアニメで成人男性と少女の‟でこぼこコンビモノ”は良くあるが、この二人はなんというか…心底、相性が悪そうであった。

「タイムスリップと言ってもね、未来から過去に物体を送るなんていうのは無理なのよ。人の体のような脆く複雑な構造物を壊さずに過去に送るなんてのは絶対に無理」

「じゃあ?」

「情報を送る」

「情報?」

「記憶と意識かんがえという方が分かり易いでしょう。私の体は未来に残ったまま、過去の自分自身に記憶を飛ばすのよ。つまり鮮明な未来の記憶デジャブ。109歳の私が、に憑依しているような状態ね」

 少女はわざと、あたち、と言って自分を指さした。

「記憶なら送れると?」

。記憶は質量も電荷もゼロだから、エントロピー増大の法則に反しないでしょ」

「…それも納得いかないな」

 薬学部の大学院生の守は、一筋縄ではいかない。

 専門分野ではないとはいえ科学的な話にはさとい方の人間で素直には信じてくれず、筆者にとっても面倒な読者である。


「だって本人の定義なんて無いじゃないか。いいかい」

 守は得意な生物・生理化学の方で説明した。

「細胞は日々、入れ替わるんだ。最も新陳代謝が遅い骨をかんがみても2年そこらで全ての細胞は入れ替わるんだよ。全てだ。3年前の写真に映っている自分は、今の自分とは全く別のものさ。自分の定義なんて無い」

「さすがね」

 少女は関心した。

 だが「見直した」という雰囲気はなく、なぜか心の底から守を嫌ったままだ。

「でも出来るのよ。百年後の技術でね」

「うーん…」

「やれやれ。あなたは天才的な薬学研究者だけど物理学は受験で使ったきりでしょう?」

「まぁね。共通テストは満点だったけども」

「でも高三レベルという事でしょ?22世紀の物理学者によくケンカを売る気になるわね」

「わかったよ」

「まったく…本当、だけあって高慢の極みだわ…」

「わかったわかった。ごめんよ」

 守は気分を改めるようにテーブルに置かれたドリンクバーのコーヒーを一口やった。

「…OK。じゃあ君は6歳だけど109歳までの未来の記憶があるとしよう」

「どうも…」

 少女も守に倣って気分を改めるようにチョコサンデーのソフトクリームを舐めた。ただ守とは味わい方が対照的で、ワインを試飲でもするように目を閉じてソフトクリームを舌の上で転がしてから呑み込んだ。


「じゃあ本題よ。アナタのせいで世界が滅びるという話」

「将来、僕が開発する薬で……という事? いやまぁ、そうだろうな」

 守はテーブルに置かれたノートPCを指さした。

 まぁ、しかし。守を責める事はできない。

 これから世界を滅ぼすといわれても先に咎を感じるのは難しい。もし我々が同じ立場でも「自分が歴史を変える重要人物である」という点にのみ感動し、いったんは責任感を放棄して、すこし誇らしくなってしまうかもしれない。

 きっと、ターミネーターの主人公になったような気分だろう。


「ええ、そのとおり。アナタが作った薬が世界を滅ぼす」

 守は高揚感で口いっぱいに溢れた唾を飲み込むため、またアイスコーヒーを一口含んだ。ただ今度は知らず知らずに、ドリンクバーのプラスティックのグラスを傾ける右手の小指はピンッと立っている。

 彼の急速に拡大した虚栄心を象徴するようにだ。


 守はグラスを置き、そしてもったいぶって外の景色を見やった。

 異常に厚い雲に覆われた八王子の街は極夜かというほど真っ暗で、午前10時という出勤登校でもなければ昼食でもないという微妙な時間も手伝い、外は誰一人歩いていなかった。


「いつ開発するものかな?たとえば40年後…2065年なら僕は65歳だな」

「いえ、今日よ」

 間髪おかず、少女は応えるや――

「今日!?」

――これには、さすがの守も叫んでしまった。


「今日よ、2025年10月5日」

「いや…たしかに新薬の基礎理論の論文は書いたけど」

「その薬よ。それがトントン拍子に完成する」

「いやいや!勘違いだ」

「22世紀に生き残っている全ての人間、3億人がみんな知っている。第三次世界大戦の始まり日、2025年10月5日…」

「な、何を言っているんだよ!世界を滅ぼす薬なんて言ってもさ――

 守はもう一度、PCを人差し指で叩きながら叫んだ。

「僕の作った薬はだせ?」


 前編、完。 後編に続く。

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