🎿 転ばぬ先の杖 ⚽

医師脳

第1話 転ばぬ先の杖

  ゲレンデを温き書斎より眺むれば嘗(かつ)て描きしシュプールさへ視ゆ(医師脳)


 自称「爺医」の私だが、半世紀余り前は若い医学生だった。

 さらに冬は〈弘前大学医学部スキー部員〉でもあり、合宿所から試験を受けに行くなど……それは超多忙だった。

「年度末試験だけは滑らないように!」と、先輩から冷やかされたものだ。


 競技スキーとして、アルペンだけでなくノルディックもやらされた。


 書斎の壁に飾られた卒業記念のパネル写真には、15キロレースのゴールを前に(鼻水と涎をたらしながら)滑る勇姿(?)が残っている。



 三年前の冬、盛岡で暮らしていたころに自動車の運転をやめてから、歩く機会が増えた。

 弘前なら「ぎゅっぎゅっ」と雪を踏みしめての散歩も楽しいが、盛岡では(陽の当たる歩道はカラカラなのに)日陰のアイスバーンが怖い。


  大寒の盛岡の朝はアイスバーン転倒おそれて妻と手つなぐ


「歩行バランスを侮るなかれ!」と、盛岡のアイスバーンで改めて学んだ。


  凍て道に転ばぬやうに手をつなぎ老いの散歩の意外に楽し


  三月ごとのデンタルケアの予約せしも滑る雪道に田沢歯科とほし


 ヒトは〈感覚機能〉から伝わる情報を元に正しい動きができる。

 視覚や聴覚だけでなく、触覚や深部感覚(位置覚・関節覚など)も重要な感覚機能だ。言うまでもなく、平衡感覚は重要であり(重力に対しての)上下関係を察知する。


 バランスを保つには、当然〈運動機能〉が必要だ。

 骨格筋が収縮して関節が動き、バランスの良い位置に骨を動かす。


 同様に〈認知機能〉も必要不可欠である。環境が変化するなか、感覚情報を即時かつ何度も分析しなければ、二足歩行などできるはずもない。


 書斎からゲレンデを眺めているうちに〈クリスチャニア〉や〈ウェーデルン〉が頭をめぐる。

 ……が、もう滑ることはない。

 それどころか(滑って転ばぬよう)一歩一歩を踏みしめて歩きたいものである。

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